「青森でおいしいとんかつに会えるはずがない」。
心の中で、軽く見ていた自分に反省した。
「ロースカツとカツサンドをください」。
頼むと老主人は、フライパンを取り出し、ラードの塊を入れて火をつけたのである。
冷蔵庫から豚の塊肉を二つ取り出す。
ロースと内腿肉だという。
ロースはとんかつ用に切り分け、なぜか薄切りを数枚切る。
内腿はカツサンド用で、二枚に切り分けた。
「間違いない」。
もうこの時点で、うまさを確信した。
事前に切ってある肉でとんかつを揚げる店が多いが、やはり直前に切ったほうがおいしい。
「ランチ時もこうなさっているんですか?」と聞けば、
「はい。注文を受けてからでないと、肉はいじりません」と、ご主人が答えた。
先ほどのフライパンでは、ラードが溶け始めている。
もう一方のフライパンには、溶かしたラードを入れ、衣をつけた豚ロース肉を置いた。
まだ火はつけていない。
しかも半身浴である。
そのまま弱火をつけた。
これと同じ光景を見たことがある。
自由が丘の「丸栄」である。
ディープフライでない焼きカツである。
期待が膨らむ。
溶かしたラードのフライパンの方には、カツサンド用の肉を入れ、ロースカツ用のフライパンは慎重に箸を動かしながら揚げている。
傍らでは奥さんが、食パンを鉄板の上に乗せて焼いている。
「家庭でもできるわよ。適度に水分を抜いているの」。
やがてロースカツが揚がり、カツサンドも運ばれた。
カツは半身浴揚げで、衣がカリカリサクサクである。
肉はしっとりして柔らかい。
そしてその衣がないよりラードの油をまとって甘い香りがする。
「これはカツのタルトだ」。
思わず叫んだ。
カツサンドもいい。
焦げ目がついたパンにカツとソースが馴染み、一体化している。
ヒレではない味があって柔らかいうちモモ肉が歯に食い込む瞬間もたまらない。
「揚げ油がいいですね」。そういうとご主人は嬉しそうに笑い、こう言った。
「とんかつを揚げた油は一枚揚げるたびに、あたらしい油と取っ替えるんだ」。
このあと食べた豚の生姜焼きと麻婆豆腐の話は次号。