「子供の頃はね。泣きよったらブリ食わすぞいわれてね。そんくらい、安く、しょっちゅう食べてたんや」。
田中鮮魚店の主人田中さんは、そう言って笑われた。
店頭には、3月初めだというのに、丸々と太った天然ブリが横たわっている。
その立派な姿を見て歓声を上げたら、すかさずそう言われた。
ここは全国の市場ランキングで9位に推された、中土佐町にある久礼大正町市場である。
人気店、田中鮮魚店の店頭には太刀魚やブリ、モンゴイカやかますなどのおなじみの魚に混じって、ベンケイやウツボなど馴染みの薄い魚も並んでいる。
「カツオ? カツオはまだ早いねえ。まだ釣れとらん」。
そう言いながら、様々なカツオ料理を教えてくれた
「カツオの中骨は筍と煮ると美味いんよ。酸味と旨味を筍が吸ってね。あとくるぶしいう部位もあってね。ここが甘い。別名犬殺しともいうんよ。犬が食うと骨が喉詰まって苦しむんよ」。
さらにこの店の素晴らしきところは、向かいに直営の食堂があり、店頭に並んだ魚を選んで料理してもらい、食べられるところにある。
早速、珍しいベンケイやブリの白子、そしてブリと白イカをお願いすることにした。
そして、どうにも気になったものがあった。
「ブリわた」である。
様々なブリの内臓が、詰められて輝いている。
尋ねると、「これはニンニクの葉と一緒にして、すき焼き風に甘辛く煮つけるとうまいんよ。でもニンニクの葉がないとね」。
「ニンニクの葉がないとだめですか」。
「ダメだね」。
しかしこれはどうしても食べねばならない。
そこで市場の八百屋に走った。
店頭には、ニンニクの葉がない。
「ニンニクの葉ありますか?」
「うーん。昨日のでよかったらあるよ」といって奥から出してきてもらった。
お代を払おうとすると、「いや昨日のやから、お代はいらん」。
さすが久礼市場。太っ腹である。
言葉に甘えてニンニクの葉を掴んで戻った。
「ニンニクの葉ありました!」
「よしそんなら作らんと」。
まず刺身が並ぶ。ブリの刺身は、実にしなやかで、塩をつけると甘みが引き立つ。脂が入っていながら、しつこさやいやらしさがない。
白いかは甘く。ナマコは柔らかい。
ベンケイの食感はアジに似て、微かに肝の風味が漂う。
小さいのに、マナガツオの刺身のようなエロさがある。
ブリの白子は、ふんわり甘い。
そしてブリわたである。
心臓は凛々しく、シコシコと弾む腸はその食感が楽しく、肝臓にはねっとりとした甘みがある。
全体にコラーゲンの甘みが溶け込んで、それが醤油と砂糖の甘辛味と相まって、ご飯を呼ぶ。
時折香る、ニンニクの葉の刺激的な香りが味を引き締め、飽くことがない。
「こりゃあ。たまらん。すいません酒頼んでよかですか」。
ううむ。
昼の田中鮮魚店には、嬉しい危険が待っている。