広尾のはずれ、ビルの一階に、その店はぽつんと佇んでいた。。
店名の脇には、「おしゃれな食堂」と書いてある。
そう主張なさいますか。
客は中年男女客4人の一組のみ。
相当飲まれているようで、大声で談笑している。
黒の床、黒のテーブルとイス、カウンターで、。和食屋にも洋食系にも属さない。
夜の匂いがする喫茶店といったところだろうか。
しかし、二列に並んだテーブル席の間がやけに空いている。
なぜ、大きなテーブルにしなかったのだろう。
中途半端に空間があるせいで、落ち着かない。
一方、ゆったりとくつろぐはずの、厨房と面したカウンターは、 本来の役目を放棄して、物置場となっている。
「粋」とか「おしゃれ」とか 形容詞をつけて自ら名乗っちゃう店は、 必ず正反対になるのが、世の常である。
小ビールを頼んで、品書きを眺める。
手書きの品書きは、色紙と経木でできていて、一品ずつ色が変えられている。
これがもし、墨一色ならば、食欲をそそらせられるのに、逆に減退させてどうするの?。
また、なんで色紙なのか。
すると 4人客の一人である女性が近寄ってきた。
初任給以上はする、黒のサブリナ風パンツスーツで決めた 背の高い、 裕福な香りがする女性である。
男に交じって有能な仕事をこなし、 今の地位を確立しました という自信を、きれいな顔立ちに漂わせている。
当方は一人なので、
「一緒に飲みませんか」と誘われるかもしれないと、
身構えていると
「いらっしゃいませ」という。
店のオーナーだったのだ。
「納豆でもなんでも、メニューにないものも、少量ずつ作りますので、気軽に言ってくださいね」。
というので、
「もう少し静かにしてくれませんか」
と、言いたかったが、
その場でブレンバスターをかけられると困るので、
「最初にサラダ下さい」
と全くかけ離れたことを口走ってしまった。
しかし、メニューにない物の例として、なぜに納豆をあげたのだろう?
と考えている内に 突出しが出た。
変わった器に入れられたのは、湯豆腐とししとうの炒めあえだという。
湯豆腐にはシメジが2本、寂しそうに浮かんでいる。
しかし一方、高級割烹の椀種に使われる芽かぶが入っている。
殺風景なのか、風情があるのかどちらなの?
添えられたのは、醤油の入った小皿一枚。
薬味、何にもなしですか。
それなら醤油を浸けるんではなく、かけたかった。
まあ突き出しだからいいかと、 あきらめて食べると、豆腐がすこぶるうまい。
豆の香りがする。
悲しいのか嬉しいのかわからない。
複雑な心境のまま、あわててぬる燗を注文した。
以下次号。