去年末、男二人でアラ鍋を食らった。場所は渋谷の酒亭「佐賀」。百軒店の時代以来、都合二十数年の付き合いになる店である。
「アラ」は、ご存知のようにスズキ科の魚で、深場の岩影に単独で生活するために、網よりも釣りで漁獲される事が多く、全国的に漁獲量が少ない事もあって今では幻の魚とさえ呼ばれている。
ややこしいのは、ハタ科のクエ(これも高級魚)も九州ではアラと呼ぶことで、どうやらこいつの穏やかな顔は、クエのようであった。
うっすらとピンク色の切り身が盛りあわされた皿が出たところで、
「頭はどうしたの?」と聞くと
「いやあ煮付けにしようと思ってとってあるんですよ」とご主人。
「それも鍋に入れちゃおうよ」
「入れますか」。というわけで、鍋に張られたダシの中に、堂々たるアラ君が成仏している。
「ほうら脂のってんだから、食べろよ」とばかり、大きな目でこちらをにらみつけている。
いただいてあげました。淡白でいながら動物的な香りと濃厚な脂を持つアラ。こんな魚は他に見当たりません。
「おおお前はこんなに勇猛だったのか」と、食べ進むうちに味が積もって気づきます。
ご主人の自家菜園で取れた赤葱を始めとした野菜も、力強くておいしかった。