絶滅危惧種になりつつある、普通のカレーである。
場所は根津の言問通りにあって、激しく道行く自動車たちとは無縁の佇まいを見せる。
大正初期に立てられたという木造二階家が、ゆるりと時を重ねていた。
「定食」と記された白い暖簾をくぐり、ガラス戸を引けば、「いらっしゃいませ」と、威勢のいい声に出迎えられた。
浅香光代さんの口調にも似た、気風のいい口回しで一人店を切り盛るのは、70を越えた女将さんである。
「カレーライス」は、薄茶色のどろりとしたカレーで、たっぷり盛られたご飯に、なみなみとかけられている。
一口食べれば、甘くやさしいうまみが広がって、あとからちょっぴりカレー粉の香りと刺激が顔を出す。
日が落ちかけた帰り道、どこからかカレーの匂いが漂ってきて、「ああ自分の家もカレーだったらいいのになあ」と、足早になった懐かしい思い出がよみがえる。
それは、体を活性させるインドカレーとは違って、安寧を呼ぶ味である。
具は、煮込まれて、煮込まれて、ひき肉状態まで小さくなった豚ばら肉とたまねぎが、申し訳なさそうに身を寄せ合っている。
そのシンプルもまたよしである。
気がつけば、ソースをかけすぎてご飯が余り気味となってきた。
その様子を見た女将さんがすかさず、「ソースおかけしましょうか」と、声をかけてくれた。
もちろんお願いして、最後までゆっくりと楽しませていただいた。
山本益博さん流にいえば、シェフの味ではなく、シュフの味に近い。
だがそれは、味、サービス、空間の三者が共鳴した、希少な味わいなのである。
閉店
写真はイメージ