細部まで神経を巡らせながら、味わいがダイナミックに迫ってくる。
いや明確な料理の理想へ近づけるよう、細部を構築してこそ、味わいのダイナミズムは生まれる。
青山「ラブランシュ」の「茄子のブレゼ ガスパチョ ラブランシュ風」は、食べ進むうちに、夏の躍動が次々と破裂していき、冷たい料理なのに、心を熱くさせる。
じっくりとブレゼされた冷たい茄子は、口の中でくったりと崩れて甘く、香りを滲ませる。
わずかなアサリのジュと一味、茄子の煮汁のジュレが加えられたガスパチョは、暑い夏に養分を満たす夏野菜の勢い、そのままである。
聞けば、作り置きをせずに、注文が入ってからミキサーをまわすのだという。
事前にまわしておけば味がなじむ。しかしそれでは、夏野菜を噛んだ時の、あの弾けるような生命力が得られない。田代シェフはそう考えて、直前にまわすのである。
胡瓜は叩き割られて、ほんのりごま油をまとわせ、セロリは細く細く切って存在を軽やかにさせ、トマトは甘さと酸味のバランスの優れたものをくし形に切り、イタリアンパセリは驚くほど香り高いものを使う。
こうして細部に渡る仕事が、野菜たちの力を存分に出し切って、我々を揺さぶる。
我々を畑のどまん中へと引きずり出す。
これが「料理」というものなのである。
そして「料理」は、叫ばせる。
「ああ、夏よありがとう」と叫ばせるのだ。