<油道1> 水煮牛肉

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油料理の好きな人に、悪い人はいない。

五十数年生きて習った、僕の教訓である。

揚げ物炒め物、フライが好きな人達は、どこかにこやかで、人がいい。

優柔不断だが、憎めない。そんな人物が多い。

ところがどうだろう。現代では、油好き=悪い人という印象が、跋扈しているではないか。

自己管理能力欠如。メタボ。汚い。反エコと、社会不適合者の烙印が押されるではないか。

これでは、とんかつや天ぷらが好きだなんて、とても言えません。

ひっそりと生きなくてはいけないのである。

油好きでなにが悪い。

誰にも迷惑かけてないぞ。自己責任も心得ているぞ。

油愛好者よ、今こそ立ち上がろう。胸を張って、堂々世間を闊歩しよう。

ということで当欄は、こよなく油料理を愛し、広め、油道を極めるという、崇高な目的を持ったコラムなのである。

栄えある第一回目は、四谷「蜀郷香(シュウシャンシャン)」の四川名菜、「水煮牛肉」にした。

なにしろ、料理を待つ時間からしていい。

厨房から、ジャッジャッだの、ジュゥーッだの、油と食材が抱擁し合う音が聞こえてくる。

思わず顔がにやけ、体が前のめりになり、唾液が出、鼻腔が開く。

やがて湯気を立てながら、皿が運ばれる。

おおっ。

牛肉が油で覆われ、オレンジ色の油が、たぷたぷと浮かんでいるではないか。

「かかってこい」と、油が叫んでいる。

ふふふ。

水煮というより、油煮である。中国では、水と書いて、油と読むのに違いない。

その上辛い。中国料理でいうところの辣が効いていて、さらに山椒の麻もたっぷりだ。

辣、痺れの麻、そして油。手強いので、普通は数人で食べ分けるが、今日は一人。気合だ。

口に運ぶ。

油に包まれた肉が滑らかで、ほの甘い。と思った瞬間,辣様がやってきた。

舌を突き刺すと、すかさず山椒の爆竹が、破裂した。

「はー、ひー、うまい」。

情けない声を出しながら食べ進む。お相手に紹興酒を用意したが、役者不足。慌てて白飯を頼む。

しかし、油を大量に使っていながら、油っぽくない。口に油が残らない。

この料理、いかに油っぽく感じさせないかが、料理人の技なのだ。

その秘訣は、香りと熱だ。

香りの立て方と、料理の温度が、油っぽさを隠すのである。

本来水煮牛肉は、農耕民族が、農牛をつぶして食べた料理だという。

固い肉をいかに柔らかく食べるかを工夫し、油でまろやかさを補てんしたのだ。

油と付き合い、油をいなしてきた、

先達の知恵がここにはある。

知恵はいいのだが、もう三口目から、鼻水、汗、涙が止まりません。

しかし、油摂取による本能的喜びと、辛さによって抽出したドーパミンが交差して、異常なコーフンが醸し出される。

最後は恍惚状態のまま、ご飯にかけ、一気に掻き込んだ。

そしてそのまま、虚空へと旅立つのであった。