蕎麦のおいしさってなに?
そう娘から聞かれて、返答に戸惑った。
蕎麦は、おいしさが過剰ではない。
一口すすって「うまいっ」と叫ぶような食べ物ではない。
香りやうま味? そうは書いてみるものの、わかりやすくはない。
強いて言えば、厳しい自然の中に見出した安らぎとしぶとさなのかもしれない。
そのことを知るには、「おさめ」にでかけるとよい。
まずもりそばをなにもつけずにたぐる。
淡い粗野な味わいの中からのったりと、香りと甘みが滲み出る。
次に塩をつけて、たぐる。
するとどうだろう。塩によって野太い甘みが現れ、噛む喜びが生まれる。
普段はたぐってそのまま喉に直行してしまう蕎麦を、噛む。いや、噛みたくなる。
すると、いたいけでいて、ピュアな甘みが、のっそりと動き出す。
続いて、微かなえぐみを伴った草のような香りがたなびく。
甘みとえぐみ。
舌が、厳しい自然に殴られて、うろたえる。
これこそが蕎麦のうま味なのか。
自然界と人間との、ダイアローグなのか。
正直言って、うま味を正確に感じ取れるわけではない。
しかし厳然たる自然の只中では、その甘みが一筋の光明なのである。
暗い部屋に設けられた窓なのである。
感覚を無にし、その一点に心をゆだね、体を弛緩させる。
朴訥な味わいにこそ、真実がある。
日本蕎麦の原種ともいわれる、長崎県の在来種を打ったそばは、そのことを教えてくれた。
虎ノ門横丁ポップアップに、納剣二氏の「蕎麦おさめ」が、今日から始まる。