僕はズッキーニの何を知っていたのだろう?
食べた瞬間に、そのことを問われた。
とろとろになったズッキーニは、すべてのしがらみから解き放たれて、甘みをそっと滲ませる。
優しいが、弱くはない。
たくましいが、激しくない。
丸いが、力に満ちている。
ホワイトアスパラに似た、繊細な色気が宿っている。
それは、舌にふわりと着地し、てれんと崩れて、消えていく。
溶き卵と舞いながら、互いの甘みを交換する。
口の中でたゆたう時間に、うっとりと眼を閉じる。
ズッキーニとは、こんな味だったのか。
「あなたのことを思って、育ちました」。
ズッキーニからそう言われた。
この「ズッキーニコンフィの玉子とじ」は、バレンシアとアンダルシアの間、夏野菜が一番おいしい地方といわれるムルシア州に伝わる「サランゴジョ」という料理だという 。
慈愛の味は、民族の智慧を汲み取った酒井シェフの渾身である。
料理人の自我が消えた、母の味であった。
代々木八幡「アルドアック」にて