<シリーズ食べる人>今はなき中華編
70代のオジサンは、「鶏肉ケチャップご飯」を、一人黙々と食べていた。
いまはなき、有楽町「慶楽」である。
「鶏肉ケチャップご飯」とは、チキンライスではない。
鶏入りケチャップ風味あんかけご飯である。
鶏入りケチャップ風味あんで、白いご飯を掻き込む料理である。
きっとお好きなのだろうな。
時折レンゲをおいては、安堵の微笑みを浮かべる。
格好からすると、もう仕事はなさっていないのだろう。
映画でもみて、その足で来たのだろうか。
家を出る前から、「鶏肉ケチャップご飯」を唱え、頭に浮かべて来たのだろうか。
目的を達成した充足感が、その笑顔にはにじんでいた。
かわいらしい。
方や60代後半とみられるおばさんは、一人でおかゆを食べている。
見ると(すいません)、豚モツ入りである。
えらい。
豚モツを一つ口に含んでは、おかゆをレンゲですくって少しずつ口に入れている。
マリアージュである。
口内調味である。
そして飲み込むと、おばさんもにやりと笑う。
一人笑う。
もう一人の60代後半のオジサンは、「炒飯ランチ」を注文した。
夜でも頼める「炒飯ランチ」は、一つの皿に炒飯と青菜炒め、日替わり料理とザーサイがセットされたメニューである
今日はキクラゲと卵の炒め物だった。
運ばれると、おじさんは猛然と食べ始める。
まずチャーハン。二口目もチャーハン。そして青菜炒めといってから、スープを飲む。
次にチャーハン。チャーハン。そしてキクラゲと卵の炒め物といってから、スープを飲む。
長年の「炒飯ランチ」人生を歩まれてきたのだろう。
見事なルーティンである。
しかしそのルーティンは終盤で崩れた。
二つの料理を炒飯にかけ、混ぜに混ぜにして一つにし、卓上の唐辛子を漬け込んだ酢をパッパッとかけ、レンゲを運ぶ速度を上げて、猛然と食べ始める。
「ふう~」と、ため息ひとつ、食べ終わった。
皿には米粒一つも残っていない。
見事な大団円に、できれば立って拍手を送りたかった。