とんかつのうまさとはなんだろう。と、とんかつ好きが開いたいくつかのホームページをのぞいてみた。柔らかい。衣の食感。濃厚。とろけるようだ。そんな言葉が並んでいる。
ん?変だゾ。とんかつとは、豚の持ち味を最大限に生かす料理の一つである。
豚肉の甘みと香り、食感を存分に味わうための料理である
。ただ柔らかいのではなく、豚の繊維に前歯がギシギシと入っていく、噛み締める喜び、脂の濃厚さではなく、上品な豚の肉汁と香り。それがあってこそ、とんかつなのである。
世の柔軟嗜好や脂信奉に合わせて、とんかつも堕落してはいけない。
そう考える僕の食べ方はこうだ。まず真ん中の切り身をつかみ、断面を鑑賞したあと、塩をふりかけて食べる。
もっとも脂身と肉のバランスがよく、肉汁が豊富な真ん中部分の、その甘みを塩だけで味わいたいからである。
次にソースをかけるが、衣の食感を維持するために一切れずつ、食べるごとにかけて食べる。
ただしこの食べ方は、、油ギレの悪いカツや肉質の乏しいカツほど欠点が露呈し、上等なカツほど、とんかつ職人の高い志が素直に伝わってくる。
「すぎ田」では、それを実感できる。
二度揚げされた肉はしっとりとして、中心は淡いピンク色。細い幅で切られたカツは、噛んだときの食感を十分に考えたもので、むっちりとした肉に歯が入っていく醍醐味を、存分に味わえる。
肉の甘みを引き立てる塩加減の精妙さ、きめ細かい衣と肉のバランス、みずみずしい切り立てのキャベツ、ご飯、味噌汁、お新香に至るまで、一点の曇もない都内随一のとんかつ屋である。
「丸栄」のカツもまた、肉を生かす仕事がなされている。
ここは低温の油で半身浴させながら、じっくりと揚げるという変わった仕事だが、ピンク色の肉の断面はしっとりと濡れ、箸でつかんだだけで肉汁があふれ出す。
そこには豚肉本来の豊かな甘みと後口の軽さがあって、揚げ切りよく、カリカリと音を立てる衣とともに、「豚肉のタルト」とでも呼びたい、やさしい味わいが心に残るとんかつである。
以上二つの店でのおすすめはロース。なぜならロースの方が豚の香りと脂の甘みを楽しめるからである。
しかし。すぐれた職人よるヒレも忘れてはいけない。
「蓬莱屋」は、創業来ヒレカツ一筋。
高温で数十秒揚げ、低温で静かに火を入れた、こげ茶色のとんかつだ。
きめ細かく薄い衣は、カリッと香ばしく、衣と密着した肉は、しっとりとほのかな甘みをふくんで、ヒレ肉のおいしさを再認識させさせてくれるのである。