「大人になって寝返りました料理」に、サバの味噌煮がある。
あんなに嫌っていたのに、いつの間にか好物になっていた。
おそらく年齢による味覚変化と慣れが原因だろうが、そればかりじゃない。大人になると、先入観や世間体、外見や見栄、人の噂や内申書(関係ないか)などが、食べ物に関与して、好きな気分にさせるのである。
以前は、味だけでなく、姿も好きではなかった。
きらりと光っていた鯖が、味噌にまみれた姿は野暮ったく、大衆魚のイメージを増幅させて、人を安心させようという魂胆がある。
こうした性格を利用して、人の心に入り込む。
渡辺淳一の「化身」では、銀座の高級クラブで働く女性が、すしでも焼肉でもなく、「鯖の味噌煮が一番好き」と語る。
主人公は、そのミスマッチに好奇心を抱き、彼女にはまっていく。
実際、鯖の味噌煮好きに悪い人はいない。
実直さが伝わるいい人だなあと、ついそう思いこませてしまう料理なのである。
都内には、そんないい人を喜ばす店が多くある。
割烹ならではの気品が光る、西麻布の「田はら」。
じっくり煮込んだ、たくましい味の麹町「根本」。
おふくろ系の西早稲田の「にいみ」。
そしてここ「魚力」である。
器にたっぷり注がれた薄茶色の煮込み汁に浸かった姿は、まさしく鯖のホワイトシチューである。
鯖は、骨まで柔らかく、甘い煮汁と共にほろりと崩れ、心を温める。。
少し甘めなので、七味をかけても面白い。
また最後は、煮汁をご飯にかけるのではなく、ご飯を添えられたスプーンに乗せてから汁をすくって食べる。
うまいですぞ。
「魚力」の昼は常に満席。鯖味噌煮の人も多く、カウンターは、そんないい人で埋まっている。
写真はイメージです