銀座ライオン本店19時、その男は現れた。
白いバーテンダー服に黒い蝶ネクタイをつけ、すくっと立っている。
「生ビールの小を。海老原さんで」そう頼むと
「かしこまりました。海老原ですね。申し付けます」。そういってサービスの方が、意味ありげに笑った。
二十歳でこのビヤホールに入り、以来半世紀近くビールを注いできた男である。
引退されたが、常連の要望が強く、月曜と金曜だけ注ぎに来ているという。
海老原さんの注いだビールは、見た目は変わらない。
しかし飲むと、すいっとなめらかに舌に滑り込んでいく。
抵抗がなく、甘い香りを放って、優しく喉に落ちていく。
すいすいといくらでも飲めてしまう。
込められたビールへの敬意が、一緒注がれている。
海老原さんは、終始眼光鋭く仕事をしていた。
次々と注文が入るが、淡々と注ぎ続け、職人たる矜持を背中に背負って、姿勢を崩さない。
その中で、時折見せる笑顔がなんとも温かい。
慈愛に満ちた笑顔が、そのままビールの味に滲んでいる。
銀座ライオン本店
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