10年前のことである。
どこかで食事をした帰りに、ワインでも飲んで行こうかとなり、赤坂の「カナユニ」に寄った。
前の店でさんざん食べて飲んでいたので、もうここでは食事しないで、軽く安価なワインだけでいいよねと、白髪痩身のベテランウェイターに、ムートンカデを注文した。
「素晴らしいチョイスです」と、彼は微笑み、こちらの気分を良くしてくれる。
彼はムートンカデをうやうやしく運んで、エチケットを見せると、見事な手つきで開け、そして言った。
「一つご提案なのですが、このムートンカデにとてもよく合う、タルタルはいかがでしょうか?」
「いただきましょう」。
「ありがとうございます」。
ここまで言われちゃ、断れない。スマートな押し売りは、美しい。
その白髪ウェイターの物腰や対応は、歴々たるお客さんを相手にしてきた者だけがなしえる風格があった。
その「カナユニ」は2016年 50年の歴史を終え、ビルの建て替えのために店を閉めた。
しかし今年に入って、南青山で復活したのである。
名物タルタルやオニオングラタンも健在である。
なにより、但し書きが散りばめられ、お年寄りのためにルーペがついたメニュー表が変わらず、いい。
だがあの白髪ベテランのウェイターは、いなかった。
聞けば、別の店に移られて、働かれているという。
しばらくして、「ラブレターでございます」と、カードが渡された。
そこには、現在その白髪のウェイターが働くお店の名前と、住所電話番号が記されていた。
「カナユニ」の全食事は、こちらから。
閉店