大正12年創業

食べ歩き ,

大正12年創業。現在の当主で三代目となる老舗蕎麦屋だ。
しかしそんな素振りは微塵も見せない。
どの街にでもある、普通の、街のそば屋の店構えだ。
店内に入ってもその印象は変わらない。
傍らでは男性30代二人連れが、カレーうどんとカツ丼セットを食べている。
しかしよく見てみよう。店内中央に置かれた石臼、壁にずらりと貼られた銘酒銘柄。
メニューを開ければ、ずらりとそば前が並べられている。
板わさと豆腐サラダを頼み、エビスビールをお願いした。
さらに〆鯖を頼み、宗玄の純米を頼む。
気分がゆっくり弛緩していく。自分がぽっかり浮かんでくる。
切り盛るは、老夫婦二人。〆鯖と頼めば、奥さんが「しめ鯖一つ」と伝え
厨房の旦那が「はいよ」と答える。
店のオリジナル「とんちんかん」を頼む。
薄カツをぽん酢おろしに漬けた「とんちんかん」がやってきた。
うまい。こりゃあぬる燗だと、慌てて常きげんの山廃を。
はがれたカツの衣を、ポン酢にびたびたと浸けて、いじいじ食べ、ぬる燗といく。
こりゃあ調子がいい。そろそろしめようかい。生粉打ちをひとつ。
そばの香りがほんのり香って、充足がゆっくりにじり寄る。
生粉打ちも、外二も、並そばもあって、別にどのそばを強要することもなく、
丼だけのお客さんも大切にしながら、
商いを、真面目な商いを淡々と続けている。
痩身の老主人の、「ありがとうございました」というしゃがれ声に送られた。
そば通がもてはやす店では無し、もちろん人気店でもない。
でもこんな店が、それぞれの町に一つあったら、
世の中ずいぶんと、幸せが増えるんじゃないかなあ。
吉祥寺「中清」にて。