葛との闘争

日記 ,

葛(かずら-ツル)は、まだ命を探っていた。
陽の光を得ようと、天に向かってもがき、這い上がろうとしている。
山口秋男さん63歳、世界でただ1人のカズラアーティストである。
彼は43歳の時、難病に患われた。
治療に苦しみ、幼い子を抱えながら苦労を重ねた。
回復の兆しか見え始めた時、友人から車の中で見ているだけでもいいからと、山に誘われた。
何度も通ううちに、山道を歩けるようになっていく。
その時に、ふと目に止ったのが葛だった。その生命力に、美しさに、不思議に惚れ、コレで花かごを作ってみたいと思ったという。
葛で工芸品を作っている人を大分に尋ね、小さな花かごを作った。
そして花かごから鞄と、次々に作品が大きくなり、アートを作るようになっていく。
3メートル近い、下り龍という大作。穴が空いた四角錐と棒、球体からなる、解脱を表した「禅」、朽ち果て大木の節と葛を組み合わせた「叫び」など、どの作品も、見る者の心を震えさせる。
接着剤もビスも使わず、山から運んできた葛を何日もかかって編み込み、柿渋を塗る。
作成途中に、何度も倒れ、入院したという。
葛との闘争なのだろう。
見えざる森の精との力比べなのだろう。
多くの作品が飾られている諫早の山奥にあるアトリエには、おどろおどろしくも清らかなる、命が渦巻いていた。
その中で山口秋男さんは、葛への愛を、訥々と語られるのだった。