肉だ。
肉が食いたい。
ある日突然、どうしようもなく肉が恋しくなる。
居てもたってもいられずに、今すぐ肉に齧りつきたい時がある。
こういう気分を納めるのは、鳥や豚というわけにはいかない。牛肉である。
それもステーキがいい。
ナイフとフォークを手にして、ステーキを切ろうとしている光景を思い浮かべて、胃袋が鳴る。涎が出る。
ただしステーキなら、なんでもいいというわけにはいかない。
A5だとか神戸牛だとかにこだわるわけではないが、肉焼き名人が焼いた肉を喰らいたい。
それも500g以上のステーキとお目見えしたい。
そう思うのである。
ならば銀座を目指そう。
銀座でステーキを食べる。
この大それた行為は、今までは金持ちオジサンの特権であった。
しかしその特権をなんなく、解放してくれる店が去年できた。
我々にもっと肉を! という欲望を叶えてくれる店である。
店名がいい。
「食いしん坊達のお腹を満たすステーキ職人」。
なんと素敵な名前だろう。
店主は言う。「肉が大好きなんです。イタリアでは、しょっちゅう、一人で1キロのビステッカを食べていました。でも日本は高い。同じものを同じ値段で食べようとすれば、少ししか食べることが出来ない」。
そのために山崎夏紀シェフは、この店を作った。
サーロインとフィレが合体したTボーンステーキ、「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」が、1kg約8千円である。
3人くらいで食べるのが丁度いいが、男なら一人で食べろ。
見よ、この美しきお姿を。高温と低温のオーブンを駆使し、高温で表面を焼いてから、低温で休ませながら焼いた肉の表面は、1㎜以下の焼き色がつけられ、中は一面ロゼ色で濡れている。
肉が「食べて。早く食べて」と誘っている。
たまらず齧りつけば、歯が肉にめり込んで、肉汁が溢れ出す。
噛むほどに、牛のエキスが口の中を満たしていく。
きっちりと振られた塩が、肉の甘みを持ち上げ、噛むことによるコーフンが、鼻息を荒くし、体を上気させる。
体に眠りし野生がうずいて、「噛め、噛め、噛んで、噛み締めろ。赤身肉のエキスと脂を噛み締めろ」と煽ってくる。
これはある意味、牛肉とのエッチなのかもしれない。
そして僕らは叫ぶ。「これが人生だ! 愛だ! 宇宙だ!」と。
エル ビステッカーロ デイ マニャッチョーニ (Er bisteccaro dei magnaccioni )
肉焼き名人山崎シェフの手による、優れたステーキとローマ料理に出会える店。味わいが優しく、食材の味がいきた、盛りだくさんの前菜盛り合わせのアンテイパストミスト。グアンチャーレとペコリーノロマーナを使った、正統「カルボナーラ」。穏やかな滋味に富む、「牛テールの煮込み リガトーニ」などパスタ料理も素晴らしい。ミントの香りが効いた「トリッパのトラステヴェレ風煮込み」。シナモン、クローブ、セロリ、黒胡椒、松の実、甘くないチョコレートを使った、「オックステールの煮込み」もおすすめ。またランチのステーキ1500円もお値打ち。