西麻布「ル・ブルギニオン」

王家の穴熊。

食べ歩き ,

「今季、野うさぎは手に入らなかったので、穴熊で作ってみました、脂がのっていておいしかったですよ」。
菊地シェフから、そんな連絡を受けたら、これはもう速攻行くしかない。
主菜は「穴熊のロワイヤル」である。
ジビエ料理の最高峰と言われる「リーエブルアラロワイヤル(野うさぎの王家風)」は、野獣臭が強く、肉質もパサつき易く、硬くなりやすい野うさぎを、歯がない王様のために、重厚な赤ワインとコニャック、アルマニャックなどをたっぷり使い、フォアグラとトリュフも加え、高い技術と根気によって、膨大な時間を費やして作られる料理である。
同じ手法で仕上げられた穴熊が、いま、目の前にいる。
神秘の輝きを放つ、濃茶のソースにまみれながら鎮座している。
血とワインと油脂と肝の滋味が交じり合ったソースは、古典の品格と重厚を保ち、どこまでも深淵でありながら、滑らかで、丸い。
大地を駆け巡り、植物類を食べている野ウサギの、脂なき筋肉質の肉と違い、果物や小動物を食べて、日中を穴の中で過ごす穴熊は、その身に脂を静かにつけている。
しなやかで、遠くに脂を感じさせる肉が、愛おしい。
そんな肉が、エロティックな鉄分を滲ませるソースと抱き合うのだ。
噛みしめるたびに、世界の不思議を感じる。
長時間をかけて調理されたのにもかかわらず、生命の鳴動がある。
そこへ赤ワインを注ぎ込む。
とたんに肉とソースが艶を帯びて、高揚した。
ため息をつきながら、流れゆく恍惚の時間に、身をまかせる。
上気し、高ぶっていく精神と沸き立つ血液に、生かされている感謝が現れる。
そこには、狩猟民族の叡智と宮廷料理人の生命をかけた覚悟から生まれた、官能美があった。