海の味がした。
海底の味わいがした。
今まで食べてきたところ天とは違う。
純真な味に包まれるのである。
「久礼に来たからには、ところ天を食べんといかん」。
そう言って連れて行かれたのは、町外れにある一軒家だった。
「土佐久礼名産 ところ天」と書かれた青い暖簾が、風に舞っている。
「いらっしゃいませ」。
出迎えてくれたのは、「高知屋」店主の本井友子さん(78歳)である。
優しい目をされた三代目女店主に、「ところ天ください」と声をかけると、「はい」と微笑んで、さらに目が優しくなった。
やがてガラスの小鉢に入った「ところ天」が運ばれた。
実に涼やかな顔をしている。
海苔も辛子もなく、茶色いつゆの中で沈んでいるところてんをすすると、ひんやりと唇に当たり、舌の上に広がっていく。
噛む。
慎重に噛む。
そこにあったのは、そこはかとない海の呼吸だった。
海の底で、まだ人間の手に触れられていない、無垢の汚れなき息吹だった。
ところ天とは、こんなにも澄み切った味わいなのか。
押し出された一本一本に、海の滋養が静かに潜んでいる。
四万十の水を使ったカツオ節の出汁と醤油によるつゆは、すっきりとして、ところ天を生かす。
ところ天とお母さんの笑顔を見るためだけに、また高知に来たいと思った。
創業は、大正10年。
97年間営む、日本最古のところ天屋は、今日も淡々と店を開け、昔ながらの清らかな心でところ天を作り続ける。