「人形町今半」の暖簾をくぐれば、甘い割下の香りに包まれて、腹がグウと鳴る。
肉が運ばれると。仲居さんが、熱した鉄鍋に割り下を少量流し入れ、赤桃色の肉を広げていく。
肉は加熱され、沸点に達した割下に押し上げられて、小刻みに震える。
その瞬間、肉をさっと返したかと思うと、すぐに引き上げ、小皿に取り分ける。
片面はレア。片面はミディアム。
炊くように焼き上げる、「人形町今半」の中居さんの真骨頂である。
牛肉の甘みが、割り下の旨味と渾然一体となって舌に広がって、肉はふわりと柔らかく、甘い余韻を残して消えていく。
締めには、ふわ玉丼が待つ。
卵と割り下、ご飯の甘みが共鳴して舌を包み込む。
大変危険な締めである。