昨夜、西麻布「すし通」で、秋刀魚のにぎりが出された。
秋刀魚の真ん中に縦一本包丁目が入っている。
よく見ると、切り口がギザギザに、細かく波打って、美しい。
秋刀魚の身に対し、斜めに等間隔で幅0.2ミリに隠し包丁を入れ、握ってからそっと縦に包丁を入れたのだという。
化粧切りという、古い江戸前の仕事である。
静かに口に運んだ。
ああなんたることか、秋刀魚は先ほど海で泳いでいたかのようにしなやかで、ふわりと酢飯と一体になり、口の中で溶けていく。
品のある脂の甘味と酢飯の甘みが抱き合って、それは嫉妬したくなるほどの相性だ。
こんな秋刀魚の握りは、食べたことがないというと、ご主人は屈託のない笑顔を浮かべた。
秋刀魚を海水と同じ濃度の塩水に40分浸け、30分干して、1分酢に潜らせたのだという。
今の時期の秋刀魚であれば、酢で1分がベストであるという。
秋刀魚が海で泳いでいる状況と同じ条件に戻し、干して味を詰め、一瞬の酢で脂を和らげる。
思いつきではない。化学的に検分し、試行錯誤を繰り返した上に生まれた握りである。
その他、フレンチの技法を取り入れたという、とてもエッチな肝ソースをかけた、カワハギの昆布〆。
70℃のお湯で4秒茹でた、新イカのゲソ。
生タラコを締めたような食感の、しっとりと柔らかい、どこにもない仕上がりのカラスミ。
1年間獲らない赤利尻雲丹の、特3を使った握り、通称猫バス。
ねっちりと歯に絡みつき、海老の香りを放って甘く消えていく。3日間熟成のボタン海老。
若草の香り放つ、ジャアミではない、二枚握りのシンコ。
等々 ここだけの鮨が次々と出される。
どの握りも、江戸前を踏襲しつつ自分だけの鮨を目指した、個性が輝いている。
注)写真は「すし通」のものですが、本文とは関係ありません。
昨夜、西麻布「すし通」で
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