日本人はなぜ、かくも、こんなにも、パスタ好きなのだろう。
うどんやそば、素麺や冷麦など多様な麺類に、古くから親しんできた影響も大きいのだろう。
しかしそれなら、ベトナム人やタイ人、中国北部の人はどうなのか。
日本人ほどパスタが好きなのか。
思うに日本人は、唇の感覚がが敏感なせいで、パスタが好きなのである。
古来より日本人は、器に口をつけて汁ものをすすってきた。
麺や汁物を、音を立てて食べて飲む習慣からもわかるように、日本人は、食物が唇間を高速で通過する感触を、好むのではないだろうか。
西洋人は、スープもパスタも唇を通過させず、直接口に放り込むようにして食べる。
韓国の人は、スッカラを使って、食べて飲む。
インド人は、指の先に乗せたカレーを、親指で押し出すようにして、口の中に放り込む。
しかし日本における、三軒両隣りに聞こえるような音を立て、勢いよくそばを手繰ったときの快感はどうだろう。
ざぶざぶと音を立て、お茶漬けを掻き込んでいるときの、充足感はどうだろう。
そこには、「どうでえ、日本人以外にはわかるめえ」という、達成感がある。
日本人は、唇が敏感な民族、いや唇の味覚が発達している民族なのである。
そういう意味では、世界一キスがうまい人種である(すいません、関係ありませんでした)。
だからパスタは難なく受け入れられ、国民食にもなりえたのではないだろうか。
しかしパスタといっても、喫茶店でナポリタンを食べるのとは、ワケが違う。
当然ながら銀座のリストランテで、音を立てて食べるわけにはいかない。
イタリアでは、絶対に音は立てない。
現代のイタリア人にとって、「ズズ~」は、この上なくおぞましい音なのだという。
これには過去、多くの日本人が苦慮してきた。
なにしろ、麺を、勢いよく唇を通過させるのを、好む人種なのである。
それをしてはいけない。と言われれば、律儀な日本人は順守するが、ぎこちなく、どうも食べた気がしない。
おいしくないなあといった現象が、数多く起こったのである。
だが要は、馴れなのであった。
もはや東京都内に5千軒と、そば屋に迫る勢いでイタリア料理店があり、銀座にも2百軒以上も存在している時代である。
誰も音を立てず、くるくると巻いて、スムーズに食べ、おいしいねと言い合う時代になった。
でも中には、人知れず苦労しています。
手と指が、つりそうになるんです。という方もいるだろう。
心配することなかれ。
もともとイタリアでも、庶民は19世紀までは、パスタは手づかみで食べていた。
フォークで食べるのは、イタリア人でもヘタな人がいるし、アメリカ人の中には、ナイフで切って食べる人もいるのだからと、軽い気持ちでまずのぞもう。
次に、沢山すくおうとしない。
フォークの歯の片側2本だけを使い、パスタの山から4~6本ほどを引き出して巻く。パスタに対して直角に巻いていき、最後は、フォークの歯の奥にパスタを差し込むように斜めにして、巻き終わる。
だらりと垂れて吸い込まざるを得なくなるのは、巻つけたパスタの量が多いのが、原因である。
かくいう僕も、食い意地が張っているため、どうしても多く巻きつけてしまう。
また巻く方向は、右利きの方は時計回りにした方が、シャツにソースが飛ぶ確率が低くなるが、これはあまり気にはしなくともよい。
ジロラーモによれば、パスタを食べて唇が汚れるが、それをすぐナプキンで拭かずに、そのまま目の前の彼女を見つめるとモテるそうである(そうしてモテなくとも、当方は一切責任を負いません)。
あとは自宅で練習する。
それでもなお苦手だという方は、「僕はショートパスタが好きでね」と、ロングパスタはあきらめる。
そんなことをおもいながら、今日も僕はパスタを食べる