メインは、「牛頬肉の赤ワイン煮」にした。
食べたかったからではない。
やがて、ワンオペだというのに手際良く仕上げられた、「牛頬肉の赤ワイン煮」が運ばれた。
ナイフを入れる。
その瞬間、もしやという期待が湧き上がった。
口に運び、噛んで、にやりと笑う。
食べる様子を、心配そうに見つめる小泉敦子シェフに、笑ってうなずいた。
食べ終わって、伝える。
「牛頬肉の赤ワイン煮は、色々な店でいただきましたが、トロトロに柔らかく煮込まれていることが多かつたです。柔らかく煮込むことを否定はしません。でもこれは肉の繊維質を残して仕上げられている。噛む喜びを与えてくれる牛頬肉の赤ワイン煮を久々に食べました」。
そういうとシェフは。
「ありがとうございます。そうなんです。そこをわかっていただいて嬉しいです」と、笑われた。
赤身肉の繊維質を噛みしだくからこそ、対照的な脂やゼラチン質の柔らかさが生きる。
その魅力を、酸味のキレが良く、コク深い赤ワインソースが、盛り立てる。
この料理もまた、「肉を喰らう」料理なのだ。
だから、赤ワインが恋しくなる。
だから、記憶に刻まれ、また食べたくなる。
下に敷かれたマッシュポテトは、地平線の彼方まできめ細かく、優しく甘く、仕事の丁寧さを語り、なんともエレガントで、牛肉を引き立てている。
「牛頬肉の赤ワイン煮」という料理の本質をとらえたシェフに、心の内で拍手した。
小伝馬町「シュバル」にて