京都に志る幸という店がある。
地元客より、観光客で賑わう店だが、人気は店名に込めた味噌汁にある。
蛤、生湯葉、落とし芋(とろろいも)、じゅんさい、鯛のアラといった、十数種揃えられた具と、赤味噌か白味噌を組み合わせて頼む。
運ばれると、ふわりと味噌の香りが顔を包み、そぉっと飲めば、味噌に具のうまみが溶け込んだ柔らかい滋味が、体に染み渡っていく。
「はぁー」。
思わず口をつくのは、やさしいため息。
大げさではなく、生きていることを実感する瞬間だ。
味噌汁は、米とともになくてはならぬ生きる糧。
我々の体と精神を健やかに導く料理である。
今回味噌汁を取り上げたのはそんな理由からだが、実は困っている。
おいしい店が少ないのだ。
割烹へ出向けば、すばらしい味噌汁に出会えるが、味噌汁だけを紹介するわけにもいかず、かといって定食屋の味噌汁は、その多くが旨味調味料にやられている。
ご飯がおいしくいただける店が増えてきたのだから、すぐれた味噌汁を、気軽に飲める店が町中にあふれてほしい。切なる願いである。
さて、冒頭にあげた志る幸に似た店が、銀座と六本木にある。
おおつきと志る角だ。
カウンター席の内側が畳敷のお帳場風座敷となっていて、その上に具を記した木札がずらりと下がるのも、同じ風情を漂わせている。
「おおつき」でのおすすめは、なすにたぬきに、湯葉。焼きなすの香ばしさ、狸の身に見立てたコンニャクの食感、湯葉の豊かな甘みといった、赤だしの味噌汁との、香り、食感、うまみによる相性が楽しめるからだ。
そのほかでは、また品書きにはないが、頼めば豆腐も大根も作ってくれるそうなので、好きな具による味噌汁を頼み、おにぎりをほおばるか、赤だしを肴にぬる燗をやるのも一興である。
「志る角」でのおすすめは、生海苔と玉子の合わせ技。
海苔の香りと半熟玉子の甘みが赤だしに溶け込んで、ご飯が進む。
また、ぬるりと口を通り抜けるじゅんさいや、汁にうまみをにじませた蛤もおすすめである。
根菜が入ったさつま汁(田舎味噌)以外は赤だし仕立てなので、はらりと山椒をふって味を引き締めるのもいいだろう。
「大しろ」の名物は、丼になみなみと盛られたとん汁だ。
味噌の甘みと香りに豚の滋味がすんなりとなじんだ、やさしい味わいで、一口飲んだ瞬間に顔がほころぶ。大ぶりに切られた、大根、里芋、ニンジン、ゴボウ、玉葱は、それぞれの甘みと土の香りを放ちながら、舌の上でほっこりと崩れる絶妙の煮加減。
心がじんわりと癒されていく、温もりを感じさせる味わいである。