「父の使っていたスピーカーなんです」。
天井にはめ込まれたスピーカーを見上げていたら、女主人が声をかけてきた。
理知的な顔に、誇らしげな、優しい笑顔が浮かんでいる。
「父が長年使っていたスピーカーなんですけれど、私が店を始める時に、使えよっていって、くれたんです」。
恐らくジャズを響かせていたJBLは、天井にぴったりと張り付いて、UAやクレモンティーヌの歌声を届けている。
心が軽くなる選曲だ。
「これはPCから?」と聞くと
「ほんとはCDを流した方が、音がいいんですけどね」と、残念そうにはにかんだ。
父は、初めて娘が開く店に、なにができたのだろう
毎日出かけて、様子も見たかっただろう。
愛器を贈ることが、ただ一つのエールだった。
今夜は客が一人(僕です)だけど、娘は前を向いている。
「大工さんがねじ止めしてくれたんですけど、今度外して、ちゃんと置いてやろうかと思ってるんです」。
彼女はそう付け加えた。
柔らかな音が流れる中、
アジの干物の炊き込みご飯が炊きあがって、
蓋をとると、
おいしい湯気が顔を包み込んだ。
閉店