もうフランスでも滅多に

食べ歩き ,

「もうフランスでも滅多に食べられない古典料理を楽しむ会」が、青山「クリスタリーヌ」で行なわれた。
 14世紀から19世紀にかけてのフランスの古典料理は、現在では想像も及ばない料理であり、味である。
 高価な香辛料を多種類、沢山使うのを良しとし、酸味も強く、食材の風味から遠く離れた、華燭な味わいだったとされる。
 そのまま作ると、現代人の口には合わないとも言われている。
 しかし14世紀から500年に渡って、美食の追求を常に求め続けてきたオート・キュイジーヌ(高級フランス料理)には、人間の果てしなき食欲の随が詰まっている。
 古典の蔵書を数多くお持ちの田中シェフは、そのことを当然ながら熟知して、“随”の哲学は変えずに、現代とのバランスを巧みにとりながら、古典を再現した。
「鰻のゼリー」は、アントナン・カレームのマヨネーズソースに敬意を払いながら、ラビコット風に仕立てて、しっかりとした絶妙な固さのゼリー寄せの中に、鰻の力強さを忍ばせる。
滋味深く、優しい、19世紀の「ウミガメのスープ」は、スッポンで作り、隠し香でわかめを使って、遠く海原への想いを滲ませ、そこへ絶妙なるカレー香をまとわせて、遠くインドへの想いを馳せた中世の人々の追憶を想起させる。
16世紀の「チョウザメとモンペリエのバターソース」は、ケイパーの酸味が淡く品のあるチョウザメの味を引き締めて、寒く、暗い宮殿で、ロシアを思いやる人々の気持ちを漂わせる。
鳩の鉄分と血と内蔵の風味が渦巻く「鳩のビスク」(なんと17世紀のラ・ヴァレンヌの料理書である)や、羊肉を鳩で巻いて加熱し、赤ワインにパンで濃度をつけ赤砂糖で甘みを添加した14世紀のソースを添えた「鳩のププトン」(17世紀)では、ロティとは違う鳩のエキスが、ゆったりと体に充満していくのを感じる。
身近で手に入らぬ食材や香辛料こそ贅沢であり、ご馳走であった時代の人々は、その味以上に、遠方の物を取り寄せ自分の体の中に取り入れるという物語を、楽しんだのである。
人間の味覚、美味という不思議さの深淵を、垣間覗いた夜であった。