お別れ

食べ歩き ,

またお一人、お別れをした。

高知市内「京や」の京ちゃん、割烹着の似合う素敵なおばあちゃんである。

女子高生の頃、吉田茂のウグイス嬢をやられていたという彼女は、高知女性ハチキンを地でいっていた。

はらたいらと書かれたボトルがまだ置かれていたり、政治家の方々も、高知に来るたびに寄られたという。

取材をお願いすると、「老兵はただ去り行くのみ」と言って、断られた。

話し方はやわらかいが、曲げない芯がある方だった。

「昭和39年 東京オリンピックの時に主人と店を出しましたから、もう58年やっています」。

ご主人はとうの昔に亡くなられて、長く一人で店をやられている。

名物の一つは干物で、二ギス(沖うるめ)やカマスの子、丸干しなどをいただいた。

干物をかじりながらの燗酒が、心を潤す。

「冷奴となすもみをください」。

「はい」、そう可愛らしい声で答えられた。

冷やっこは、長年使っている豆腐屋ということで、豆の味が濃い。

そしてナスは、塩で優しくもんで、なまり節をかけて出された。

店もまた年季が入っていて、カウンターも柱も椅子も、すべての小物も、客の愛着と酒が染み込んで、心の垢を落とす。

暖簾に、「明石焼き」と書いてあったが、壁から下げられた短冊メニューには見当たらない。

「明石焼きはできるんですか?」

「主人が好きでね、カウンター前を改造して、たこ焼きの鉄板を取り付けてね、目の前で焼けるようにしたんですよ、でも高知の人にはウケんでねえ。誰も頼む人がおらんき、やめてしもた」。

メニューを見ていたらきになる料理があった。

「願いだんごってなんですか?」

「家族が健康である。朝起きた時に仕事がある。人間関係が豊かである。感動できる心がある。少し御銭がある。これが幸せの条件ね。お客様にこれらがあるようにと願いながら握るだんごなの。そして一番最後に願うの」。

「それはなんですか?」

「食べ物は人の運を開き、人生を変える力がある。そう信じて作ることね」。

そう言われて、素敵な笑顔を浮かべられたことが、わすれられない。

「フルーツトマトはちっちゃいのに三百円もするでしょ、高いきにね、そんで普通の安いトマトを美味しく食べるやり方を考えたの。食べる?」

新玉ねぎの上に、湯むきしたトマト、上には紫蘇と自家製ガリを乗せ、柚子胡椒を聞かせたタレがかけられる。

「どう美味しい?」

「いやあ、おいしい。おいしい」

そう言うと、子供のような笑顔を浮かべられた。

どれも彼女の味である。

彼女が歩んだきた人生の味であった。

「フルーツトマトはちっちゃいのに三百円もするでしょ、高いきにね、そんで普通の安いトマトを美味しく食べるやり方を考えたの。食べる?」

新玉ねぎの上に、湯むきしたトマト、上には紫蘇と自家製ガリを乗せ、柚子胡椒を聞かせたタレがかけられる。

「どう美味しい?」

「いやあ、おいしい。おいしい」

そう言うと、子供のような笑顔を浮かべられた。

あの素敵な笑顔を思い出す。

享年85歳。

ご冥福をお祈りします