渋谷の路地裏に、その店「OUT」はあった。
あやしい店である。
階段を登っていくと、ピンク色に光るネオンサインが見え、店内には、ガラス越しにUの時のカウンターが浮かび上がっている。
そして中には、金髪の美女が一人立っているではないか。
BARか? いえBARではない。
扉をあけて入れば、「いらっしゃいませ」と、謎の美女がこちらへ微笑んだ。
流れているのは、レッド・ツエッペリンの「胸いっぱいの愛を」で、おじさんのロック好きには嬉しいが、ますます謎は深まる。
入り口横に置かれた自動販売機には、「PASTA」や「CHANPAGNE」の文字が見える。
むむ? シャンパンの自動販売機か。どうなっているのだろう。
カウンターのハイチェアーに座る。メニューを渡される。
しかしそこには一つの料理しか書かれていない。
「PASTA」である。
パスタと突き出し、ワインのセットもあるが、パスタだけを頼むことにした。
やがて謎の美女がパスタを運んできた。
「素パスタ」である。
香ばしいバターの香りが立ち上がってくるが、なにも具がない。
すると彼女がトリュフの塊を取り出し、パスタの上で削り出すではないか。
ピンク色のマニュキュアで飾られた白く細い指が、ゆっくりと黒い塊を削っていく。
もうそれだけで、コーフンさせられるのだが、やがて隠微な香りが顔を包み始める。
ああ。きっとだらしない顔になっているだろう。
パスタは瞬間に色香を増し、僕らを手招きする。
誘われるままにパスタを食べれば、トリュフの香りがバターの香りと溶け合い、口腔から鼻の粘膜を包み込む。
なにかもう、取り憑かれるように食べる。
つるんと唇を通り過ぎるパスタの感触さえいやらしく、食べ終わった後に漂う後味さえも、精神を勃起させる。
これは危険なパスタである。
好きな彼女と一緒に食べたら、心を寄せてくれるかもしれない。
そんなよこしまな無想さえ呼び起こすパスタである。
一心に食べ終えて顔を上げると、先ほどの彼女が「わかってますよ」とも言いたげな優しい微笑みを浮かべている。
そして曲はいつしか、レッド・ツエッペリンの「ハートブレイカー」に変わっていた。
「OUT」
世界中の美食を食べ歩いたというオーストラリア人のオーナーが、理想のレストランをと、東京に開いた店。ワンディッシュ、ワンミュージックをコンセプトに、レッド・ツエッペリンを聴きながら、トリュフのパスタを食べ、ワインを飲む。ただそれだけのために存在する、贅沢である。トリュフのパスタとパルミジャーのチーズの薄切りとトリュフの突き出しのセット2900円。ワインとのセット四千円、18時から営業。深夜までやっているので、シメのラーメンならぬ、シメのパスタとシャンパンなんてのも、洒落ている。