〜フランス料理の深淵〜
複雑だが意味がある。
恐ろしいほどに手がかかっているが、自然がある。
「完成に向けて各素材の量や大きさを決めるために、何回も試行錯誤して、相当時間がかかったんでしょうね」というと、
「はい。何度もなんどもやり直して、かなり日数がかかりました。それをわかっていただけて嬉しいです」。
そう言って荒井昇シェフは、大きな体を揺らしながら、子供のような可愛い笑顔になった。
「オマージュ」の料理は、アミューズから主菜にいたるまで、一つの皿に盛り込められた要素が多い。
たいていの場合そうした料理は、食べる方の意識が分散してしまう
だがどの料理も構成された食材に、意味があり、ピタリと着地して、新たな高みへと登っていく。
例えばこの「フォアグラのミルフィーユ」がそうである。
火を通してないかのような食感で、甘い脂の香りで口を満たす、主役フォアグラに添えられた脇役陣は、以下の通りである。
みじん切りにした、いぶりがっこの燻製の香り。
青トマトとしょうがジャムの甘みと、生姜の辛味、青トマトの淡い旨味。
ワランブキのピクルスの、シャキッとした食感とかすかな酸味。
生ハムの塩気。
薄いパートブリックの軽やかな食感。
メープルシロップの甘い香りと溶かしバターの香り。
要素が多い。
だがどれが突出するということがない。
おそらく量や大きさを間違えたら全滅するだろうギリギリの計算が、精妙に成り立って、均整美を構築している。
すべてがフォアグラの隠微な脂を引き立てるために、支えている。
そのフォアグラでさえ、どの厚みにするか苦心を重ねた気配がある。
料理への意識が皿の外へ出ず、中心へと向かっているからこそ、食べる人の心を揺さぶる。
食べ手のプロとしても、久々に痺れた。
これがフランス料理である。