「常に安らかであれ」。

食べ歩き ,

山の上では、初夏の緑が燃えていた。
石畳を進むと、樹々に囲まれた山居が、我々を待ち受ける。@
「常安軒」と名づけられた茶室である。
待合に腰掛けてしばしくつろぎ、つくばいで手を清めてから、お部屋に入った。
雨という予想だったが、晴れている。
そのことが思いかけず嬉しいのか,ウグイスが高らかに歌っていた。
山中の冷気が、そよ風となって頬を撫でる。
こんな環境でいただく懐石ほど,美しいものはない。
まずは一献。
名燗酒師多田さんが選んだ酒が、木本グラスに注がれる。
喉を潤した酒は胃の腑に落ち、心を澄ませていく。
折敷にのせられ、露打ちされた、飯と汁のお椀が運ばれた。
「それではいただきましよう」。
正客の声に合わせて,皆さんが答える、
「ご相伴いたします」。
秋田の松橋ファームが作られた米の煮えばなが、我々に力を与える。
汁がゆっくりと,心を豊かにしていく。
向付、お椀、焼物、焚き物と続き、酢の物が運ばれる頃合いに、小雨が落ちてきた。
すると今度は,蛙が、喜びの歌を響かせ始める。
自然の中に身を置いて、食事をいただく。
お酒をいただく。
「常に安らかであれ」。
感謝で胸を膨らましながら、そっと自分に呟いた。
鎌倉浄智寺の茶室。入江先生の特別懐石のお席にて