酸味は勇気である。
酸味はうま味となり、甘みとなる。
酸味はエレガントを生み、ワインを愛す。
酸味はデカダンスであり、甘美な陶酔を呼び込む。
「和歌山の真鯛のボンファム シャンパンソース」が運ばれた。
その皿を目にするだけで、高揚が始まる。
鯛を切り、ソースとともに口に運ぶ。
「ううっ」。
言葉にならない悦びが、嗚咽となってもれた。
なんという酸味の厚みだろう。
太く、キレのいい酸味がうま味となって鯛を包んでいる。
濃密なソースの中を、鯛の品のある甘みが、泰然と泳いでいく。
その後を、そうっとマッシュルームの香りがたなびく。
時間が緩み始め、官能が抱きしめられる。
これがフランス料理である。
圧倒的なうまさを誇りながら、優美さで心を溶かすフランス料理である。
これならどんな女性でもときめくに違いない。
これならすべての女性も輝くのにちがいない。
堂々たるフランス料理だが、微塵も重くない。
現代の軽さをもちながら、打ちのめされるのである。
そして食べた瞬間から、白ワインが恋しくなる。
もう一度料理を口に入れて、数回堪能した後、ワインを少し流しこむ。
蜂蜜香がソースの酸味と抱き合い、高み登って、時をさらに緩めていくのだっ
た。
和歌山「オテルドヨシノ」にて