今まで100軒以上立ち食い蕎麦屋に行ったが、こんな体験は、初めてである。
なにしろ僕以外の客が、全員2~30代のカップルなのであった。
立ち食いそばといえば、おじさんの聖地である。
男たちが、連れ添うことなく、一人で黙々と食べているのが似合う。
しかしここでは、若い男女が互いの具を交換しなら、仲睦まじく食べているではないか。
京都は五条駅近く「すば」である。
佇まいからして違う。
古い民家をリノベして始めたと見られるその店は、れっきとした立ち食い蕎麦屋だが、インテリアにアートが入っている。
テーブルは長方形の金属製でカッコイイ。
だが、中央が凹んでいるため、丼が置きづらく、客は工夫しなくてはいけない。
メニューも、「ムール貝酒蒸しにしてクレソン」、「たらばカニカマ天」と、いたってユニークなラインナップである。
ムール貝が果たしてそばに合うのか、たらばカニカマとは、普通のカニカマとはどう違うのか。
大いに気になり、好奇心が発動したが、ここは「飛騨ジャンボなめこ」にしてみた。
窓口で注文すると、タトゥーのお兄さんから番号札を渡され、出来ると番号を呼ばれる。
その雰囲気に飲まれ、思わずビールを頼んでしまった。
おもわず本日のおにぎりだという枝豆炊き込みご飯のおにぎりも頼んでしまった。
ビールは、ナストロアズーロのベローニである。
ベローニですよおにいさん。
イタリアのビールを置く立ち食いそばやなんて、僕は知りません。
やがて頼んだ「飛騨のジャンボなめこそば」ができた。
おおつ。
なめこが輝きながら丼を埋め尽くしているではないか。
なめこが熱々で火傷しそうになったので、まずそばをすする。
東京とは違う、京都風の甘めのつゆで、そこにやわいそばがからむ。
冷ましたなめこを食べ、そのぬめりが残っている口の中で、そばを通過させるのが楽しい。
ふと顔を上げると、目の前のカップルの男は、えのき茸天をちぎって彼女の丼に入れ、彼女は長いカニカマの半分を彼の丼に入れてあげている。
そして「おいしいね」という無言の笑みを浮かべ見つめあった。
男一人で黙々とそばを食べ、おにぎりに頬張る、いつもの行為が虚しくなったのも初めてである。
ちなみにお題は、ビールになめこそば、おにぎりで1700円。
昼のデートにはいい値段だね。