〈トゲクリ蟹の誘惑〉
包装を解くと、まだご存命のようで生体反応があり、足を懸命に動かしてひっくり返ろうとしていた。
そいつを「ごめんなさい」と言いながら、熱湯にぶち込む。
15分。
グラグラと茹でたらそのまま少し置く。
「あっちち」と、蟹を掴み、褌を取り、甲羅を外す。
カニミソの香りが立ち上って、顔を包む。
このむきたての蟹の味噌を、立ったままスプーンですくって食べる。
その途端に腰が抜けそうになる。
蟹を捌く人の特権である。
身は毛蟹に似て毛蟹ではない。
甘い香りとのったりと広がるほの甘さは似ているが、奥底にしぶとさい濃さがある。
食べると、舌にぐっと打ち寄せる力があって、そこですかさず田酒をやるのである。
すると、しぶとい親しみやすさといったほうがいい味となるのである。
青森の塩谷さんが、浜で一番の雄がにを送ってくれたのだから、カニ酢もいらない。
そのままでしがみ、舐め、酒を飲んではしゃぶりつくし、あとは、充足のため息をつくだけだ。