四谷「オステリア・デッロ・スクード」

So Long VOL2

食べ歩き ,

So Long VOL2
世界に誇ることのできるレストランだったと、今でも思っている。
「東京最高のレストラン」では、めったに5点をつけないが、すぐに5点をつけさせていただいた。
イタリア20州の郷土料理を、2〜3ヶ月に代わる代わる作り、しかもアラカルトで30皿ほど用意し、パンも菓子もその地方の物を焼くという、膨大な労力をかけていたレストランである。
しかし、ただイタリア郷土料理を食べることのできる店とだけとらえてはいけない。
郷土料理の再現なら、ある程度誰にでもできるだろう。
その哲学を理解しながら精度を上げ、あるいは調理の工程を確認しながら、さらに良き方法を探って実践するのは、容易なことではない。
料理を認識し、理解し、分析し、至高の方法を目指し、実現する。
洗練させるのは味わいだけではない。
温度も香りも練磨させる。
超えてはいけないものと超えてもいいものを、判断する。
先人の叡智に敬意を払いながら、その文化を踏襲していく責任と覚悟を心に据え、新たな宇宙を作る。
それは、小池シェフの勇気と度量、技術の深さが成した、どこにもない料理であった。
それは現地イタリアでも食べることの叶わない料理であり、そういう意味で、世界に誇れる店だったと思っていたのである。
以下、シェフの言葉を紹介したい。
「イタリア料理に限らず、加速度的に進む時間と進化、料理そのもののボーダーレス化と個人の表現の多角化。
そのような時代に今、生きて何かをすべきかと思う自分におきましては、レーシングカーのよう最先端の技術を駆使してそれこそレースという料理で勝負を競う会う料理ではなく、クラシックカー磨きこんでずっと愛くるしく思うかのように、伝統的な料理をきちんと細部まで磨き、未来につながる普遍的な価値観を照らし出そうとするのが、私に課せられた宿命だと信じております。
自身で思うところ、まさに最後の盾(スクード)のような感覚と責任感において日々取り組んでおります」。
コロナに入ってからは、すべてを一人だけでやられていた。
だが惜しむらくは12月28日、「オステリア・デッロ・スクード」を畳まれた。
お疲れさまでした。
数々の希少な体験と学びをありがとうございました。
「所詮イタリア料理でしか生きられない人間ですので」と、おっしゃっていられたので、またいつかシェフの料理をいただく日が来ることを、心から願っています。