La Maison Confortable

La Maison Confortable

食べ歩き ,

誰が、リードヴォーとイカを合わせようと考えただろう。
誰が、シマアジに砂肝を合わせようと思っただろう。
誰が、ジュドカナールにビスクを合わせようと考えたのだろう。
しかしそれらは、どれ一つとして奇抜ではなかった。
どれも自然であり、必然を生んでいる。
リードヴォーの質とキュイソンは完璧で、もうそれだけで唸らせる力があった。
ジュードヴォーのソースが、その肉体的エロスを後押しし、もうこれ以上何がいるのだろうと、充足させる。
しかしここに焼いたイカの香りが加わると、なぜかリードヴォーの香りと同期し、共鳴するのであった。
その不思議が、生命の神秘を増幅させ、忘れられない味となって脳に定着する。
「リードヴォー | 野沢菜のマスタード | ジロール茸|ビーツ|イカ」。 
 
シマアジに砂肝なんて会うはずがない。
そう怪しみながら口にした。
するとややいかったシマアジの肉体が、砂肝の凛々しい食感と一緒になって高みに登っていこうとするではないか、
きっと里と海は、秘密の通路で繋がっているに違いない。
そんな妄想を抱かされる、出会いだった・
「スイカ ガスパチョ| 縞鯵 | 白アスパラ| 胡瓜と茗荷のサラダ| 砂肝」
 
ジュドカナールに溶かしたビスクは、丸みと深みを生み出し、鴨のロティを艶めかせる。
陸と海の凝縮したエキスが一つとなり、鴨の秘めたるエキスを抽出するのであった。
「青森銀の鴨 | 才巻海老 | 折戸なす」
 
これ三品だけではない。
すべての料理、すべての皿に置かれていたものは、意味を持ち、新たな発見と感動を呼び込む。
食べながら、ある言葉が浮かんできた。
「新しい料理の発見は、新しい星の発見よりも、人生の幸福に貢献する」、
ブリアサヴァラン。
麻布十番「La Maison Confortable」にて
 
 
誰會想到,將牛胸腺與烤花枝相遇?
誰會突發奇想,讓縞鰺與雞胗同席?
又是誰,將鴨汁(jus de canard)與甲殼類濃湯(bisque)融合為一?
然而,這些搭配卻絲毫不顯突兀。
一切都是那麼自然,那麼理所當然。
牛胸腺的質地與火候已近乎完美,僅此一項便足以讓人低聲驚嘆。再淋上牛胸腺肉汁,彷彿替那肉體的官能美推波助瀾,使人不禁想問:「這道菜,還需要其他什麼嗎?」
但就在花枝炙烤後的香氣緩緩升起之時,它竟與牛胸腺產生了共振,香氣互相呼應,
那份不可思議,使這道菜成為令人難忘的味覺記憶,彷彿將「生命的神祕」放大,刻印進腦海。「牛胸腺|野澤菜芥末|雞油菌|甜菜根|花枝」
縞鰺怎麼可能與雞胗搭得起來?
懷疑著送入口中,卻驚覺那帶有張力的縞鰺肉身,竟與雞胗的挺拔嚼感一同攀升而上,像是山野與大海,藉由某條秘徑相通。這是一場讓人心生幻想的相遇。「西瓜冷湯|縞鰺|白蘆筍|黃瓜與茗荷沙拉|雞胗」
鴨汁中融入的甲殼海鮮濃湯,為整道菜添上圓潤與深邃,讓烤鴨閃耀著誘惑的光澤。陸地與海洋的濃縮精華合而為一,共同引出鴨肉潛藏的滋味。「青森銀鴨|才卷蝦|折戶茄子」
然而,精彩不止於這三道菜。每一道菜、每一只盤中物,都蘊含意義,激起發現與感動。
用餐過程中,腦海浮現這麼一句話——
「發現一道新菜,對人類的幸福貢獻,勝於發現一顆新星。」—-布里亞-薩瓦蘭(Brillat-Savarin)
於麻布十番「La Maison Confortable」食記。