AIには書けない文章とはなんだろう?
A Iは、大抵の事象を見事に文章化してくれる。
僕が行う、料理の表現、料理評論もしかりである。
もうライターは必要なくなるかもしれない。
原稿料が発生しないので、編集コストも下がる。
じきに写真やイラスト、美術も代替できるようになるかもしれない。
人間の存在、生きる場所は無くなるのか?
そんなことはない。
AIには書けない文章とは、
「問う」ことではないか。
「答え」ではない。
疑問を持つこと。問題を発見すること。違いに気づくこと。
「問い」を持つことによって、人間は世界を変えてきた。
AIは膨大なデーターから答えを、正確かつ瞬時に導き出す。
人間には、到底敵わない。
あることに出会い、体験して、自分はどう感じたのか?
なにを考えたのか。
AIにはできない「問い」を生み出さない人間は、不要になる。
ならばどうやって「問い」を生み出すのか?
それが今回の<教養としての文章講座>の軸になります。
文章を書くとは、自分を発見すること。
自分の中に芽生えた違いを言語化することです。
テクニックとしての文章指導もしますが、今回の講座では、文章の芯になる「感性の鍛え方講座」でもあります。
そのため、最もわかりやすく、親しみやすいのが食事なのです。
なぜなら、味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚という五感を、フル稼働させるからです
美味しい、うまい、やばい、柔らかいを使わずに、いかに問いを見出し、自分の発見を言語化するか。
トレーニングを経れば、大抵の事象は、AIにはとって変われない文章作成が実現するのです。
