中学二年生の頃、祖母の家の近くにその店は出来た。
半地下の喫茶店で、細長い店内の側面と奥に庭がある、洒落た店であった。
喫茶店ながら、ハンバーグとボークソテーがおいしく、よく食べていた。
すでに銀座煉瓦亭にはデビューしていたが、同等のレベルに驚いたことを思い出す。
祖母の家に行く楽しみの一つだったが、いつしか足が遠のいてしまった。
店内は半世紀立つというのに、古臭さが微塵もない。
老婦人の店主から挨拶される。
なんと、記憶の彼方にいる 女性店主と、同じ人ではないか。
いや、娘さんだった。
歳を重ねられ、母親と同じ歳になられたのだろう。
両親は、銀座で喫茶店とバーをやられていたが、静かな町で店がやりたいと、この地に店を構えられた。
ハンバーグを頼む。
それは、味わいといい、姿といい、記憶の中にあるものと寸分違わぬハンバーグだった。
柔らかいが、脂分は少なく、優しい味わいが広がる。
デミグラスよりも少し甘酸味が立った、ご飯が恋しくなるソースも変わらない。
僕が無我夢中で食べている姿を、嬉しそうなに見つめる、祖母の笑顔を思い出す。
「実は私中学生の頃ここでハンバーグをいただきました。出前もしていただきました」。
帰り際にそう伝えると
「牧元さん?」と、マダムが尋ねる。
「はい牧元です」と返すと、マダムは柔和な笑顔を浮かべられ
「おばあさまは歳を重ねられても、お肉がお好きで、よくハンバーグをご注文なさいました。何度も、出前もさせていただきました。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」。
お母さんと同じ、品が漂う口調で話される。
「記憶の中にある味と同じで、大変美味しくいただきました」。
「ありがとう存じます」。
再び浮かべられた笑顔に、祖母の笑顔が重なった。
茶人であり、ステーキが好きで、初孫に甘く、99歳て天寿をまっとうした祖母の、慈愛に満ちた笑顔と重なった。
都立家政「つるや」にて