50年間使い込まれたという鍋

食べ歩き ,

50年間使い込まれたという鍋は、味わいを丸くする魔力を持っていた。
すっぽんの勇壮な脂やコラーゲンと生姜や醤油、酒が溶け込んだ汁は、一口すするたびに顔を輝かせ、充足のため息をつかせる。
それは心を落ち着かせながらも鼓舞するといった。両面の魅力を持っていて、肉を食べ、汁をすすることをやめさせない。
しかし鍋を変えて、すっぽんを食べて見たらどうだろう。
すっぽんの滋味も生姜も、酒も醤油もすべての角が取れて、舌に流れ込んでくる。
絹の味わいで心を包み、体が弛緩していく。
毎日毎日長年汁をたいてきたことによって、汁と鍋の境がなくなったのだろうか。
無数の見えぬ穴が、味の角を磨くのだろうか。
理由は皆目分からない。
だが、道具も生きている。
丹念に、丁寧に使い込んできた人たちの思いも染み込んでいる。
そして良き月日を過ごしてきた老人と同じく、周囲の空気を和らげ、安寧へと誘うのである。
五反田服部さんのすっぽんにて。