最終回である。ならば最大級の脂を摂取せねばならない。
真摯たる覚悟で向かったのは、東麻布の「WAKANUI」である。
この店にて、ニュージーランドの肥沃な大地で、のびのびと育った、牛肉を食らう。
待ち構えるのは、「骨付きリブアイ(肩ロースとサーロインの間の部位)の1㌔ステーキ」8800円である。
高価だが、熟成した肉の周囲をカットするため、実際は1.3㌔だから、お値打といってよい。
今まで私は、1㌔の肉塊を食べたことがない。どんなお姿なのか。恐らく脂身部分だけで、百gはあろう。
そう考えると、未知への恐れと嬉しさで、身震いがした。
注文すると、焼くのに4~50分かかるという。
ソースは3種類から選べるが、赤ワイン風味を選ぶと、飽きる可能性があるので、塩胡椒のみ、醤油ガーリックソースに、わさびとマスタードを添えてもらった。
待つ。ひたすら待つ。肉と脂への想いを高めつつ、待つ。
やがてそいつは現れた。
おお、塊りという言葉は、この肉のために存在したのだな。
全長約26センチ、厚さ6センチ。堂々たる勇姿、無敵の威容である。
まずは左下の脂身部分を切り離す。やはり50g以上はある。脂身を細かに切り、赤身肉に乗せて食べる作戦だ。
まずは何もつけずに、そのままで。脂が刺していない赤身肉は、咀嚼に50回は要する。
噛む。ひたすら噛むと、猛々しい肉のジュースが溢れ出す。そこへ脂の甘みが、にゅるりと溶ける。
いけない。まだ一合目だというのに顔が笑っている。
次に塩と胡椒をかけて。
次にマスタードつけて。
さすがに水ではきつくなり、赤ワインを頼む。
ワサビをつけて3合目。次に醤油ソースをちょいとかけて。
6合目通過。この辺りで、満腹中枢を切断し、「お腹いっぱい」という言葉を抹消した。
骨の周りにつく肉は、コラーゲンが層になっていて、甘みがある。骨の周りの、カリカリに焼けた部位もうまい。
そう、ただ一キロに挑むのではない、子細に観察しながら食べ進めば、様々な味わいが肉に潜んでいるではないか。
そして、ついに骨だけとなった。費やした時間は35分である。
唇は、赤い肉汁と脂でてらてらと輝き、登頂の歓喜と血糖値の上昇で、頭が霞んできた。
現実が遠ざかる。そして自分が、人間ではなく、牛になった気がした。