<天丼のお作法>

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<天丼のお作法>
天丼における、ご飯喚起力を決定づけるのは、タンパク質の存在と丼つゆの濃さである。
「野菜天丼」もいいが、やはり天丼はタンパク質、つまり魚介の天ぷらに止めを刺す。
なかんずく最もご飯を喚起するのは、海老である。
いや味の濃い穴子だとか、イカの食感だとか、キスの淡い味だとかという主張もあるが、私は断固、海老であることは譲れない。
なぜなら、あの大きさがいいのである。
マキエビは細い。
細いがゆえに味は、天つゆがしみた衣がやや勝つ。
あの直際的なつゆ味の濃さがきて、その後に海老の柔らかい甘みが追いかける。
あの段階的強弱がよく、そこですかさずご飯をかき込むのが、たまらない。
もしかすると、あの棒状形態が舌の一点に着地するせいで、より味が濃く感じるのかもしれない。
さあそれではどう食べるか。
ここは一応、穴子、イカ、キス、海老二本、野菜(茄子、ピーマン、椎茸)の天ダネが乗った天丼を想定しよう。
まず上記理由から、「海老に始まって海老に終わる」と、口ずさむ。
これが私の行動規範である。
第一にエビを半分噛んでご飯といくのだが、そのためご飯をかき込むスペースを作らねばならない。
丼蓋があれば少し避難させるのだが、ない場合は慎重に衣を破らないように箸で掴み、野菜類を魚介の上に置いて、ご飯の余地を開ける。
さて半分海老を食べた後は、野菜といく。
この場合は、エビに敬意を評して、一番香りが薄い茄子を半分。
ご飯をすこし。
海老の残りを食べて、ご飯。
次はキス。
これも前半後半に分ける。
キスを3回に分けて食べるという方もいるが、元々味が淡いので、半分ずつ、つまり肩身ずつを食べるわけですね。
キスの合間には、先ほどのナスといって、イカに移行する。
イカも半分行ってご飯食べてから、ここでいきなり穴子と移る。
このイカ穴子イカ穴子のせめぎ合いは、一つのクライマックスである。
ただしアナゴは四回に分ける。
つまりあと半分穴子が残っているわけですね。
ここで句読点、味噌汁とお新香を食べて息を整える。
再びアナゴにいくかと思いきや、野菜に集中する。
エビとアナゴの存在はいったん忘れ、自分は野菜天丼を頼んだのだという思い込み、椎茸とピーマンだけを食べてご飯を少量食べる。
こうすると再び穴子とまみえるときに、喜びが増すのですね。
さあ残ったのは、穴子半分とエビである。
穴子半分は、寿司のようにご飯の上に乗せて食べてみよう。
口の中で穴子とご飯が舞い抱き合う、新たな歓喜が見出せよう。
そして最後は海老である。
このために、多過ぎない、少な過ぎない、海老一本でかきこめる、適切なご飯量を残しているかどうかで、あなたの力量はわかるのである。
玄人技。
天ぷら屋によっては上と並がある。
大抵は、並の方が魚介の量が少なかったり野菜が多かったりする。
そこでわざと並を頼み、途中で、穴子なりキスなり、あるいはメゴチなりを追加注文するのである。
もしくは海老追加という手もある。
そしてつゆを潜らせた「揚げたて」をご飯に乗せて、かき込む。
幸せだなあ。