外でとる朝食は、スリルだ。
なぜなら、普段は家で食べることの多い朝食が、外食という
非日常に替わるからである。たとえば広尾「栩翁S」で朝食をとれば、焼き魚にご飯というありふれた定食なのに、船上で醤油漬けにされたハタハタや、手開きで丹念に作られたアジの干物の良質に、いい意味で緊張感が走り、背筋がピンと伸びる。
旅先では、ホテルのビッフェもいいが、街に出て朝食を食べてみよう。
京都なら、旦那衆に交じって、「イノダコーヒ本店」でスクランブルエッグや、「進々堂」で、ホットドックを食べる。「瓢亭」で朝粥を頼み、炊き合わせや酢の物で、燗酒をやるのもいい。
大阪では、サラリーマンに混ざって、新梅田食堂街の「奴」でかやくめし。
名古屋では、「コメダ珈琲」で、甘いモーニング。
金沢では、近江市場の「近江食堂」で、キトキトの魚の刺身
をおかずに、ご飯を掻き込む。
軽井沢では、追分「キャボット・コーブ」で、ポップオーバーとマッシュルームスープ、
福岡長浜市場では、食堂「魚がし」で、朝からブリステーキを、ガッツリといく。地元の人々に交じり、
各地の食材と文化を生かした朝食を食べる。愉快じゃないですか。
これが海外であれば、一段とドラマ性は高まり、スリルが増す。
パリの「ラデュレ」では、甘いパンペルデュを食べ、カフェクレームにクロワッサンを浸して(トンぺーして)、疑似パリジャン。
ソウルでは、出勤前の男たちと、武橋洞「ブッゴクッチプ」の「明太スープ」で、二日酔いを抹消する。明洞のコムタン屋
「河東館」の朝内蔵で、滋養をみなぎらせる。シドニーのビストロ「バンビーニ・トラスト・カフェ」では、セレブのビジネ
スマンに交って、完熟トマトとアボガドのターキッシュトーストをほおばる。
ハノイでは、通勤通学前の家族連れと一緒に、フォーガー、ブンタン、ブンズィウ、ミーバンタン、ブンチャー、ソイガー、バ
インミーと、賑やかな朝食を楽しむ。
サン・セバスチャンでは、バル「Bideluze」で、優雅に時間を過ごすおじいさんたちに混ざって、トルティーヤサンド、肉団子ピンチョス、ロシア風サラダで、朝から、チャコリ!
香港では、職人たちで混む「蓮香楼」で、朝飲茶。腸粉やお粥で朝茶と洒落る。
ニューヨークでは、「アイオープナー」と記されたブラッディーマリーを飲み、「サラベス・ウェスト」でエッグベネディクトとパンケーキか、「エッグ」で典型的南部アメリカ朝食という、過大なカロリーを享受する。
旅は、心の中にある機を動かす原動力だと吉田松陰は述べたが、旅の朝食もまた、内なる機を発し、動かすのである。
それは旅に行かずともできる。早起きし、人気のない横浜中華街の「安記」で静かに粥をすするのもよし。築地「愛養」で、
常連が頼むわがままトーストを観察しながら、おいしいコーヒーを飲むことでもいい。
するとなにかが、心の中でかちりと音を立てる。
時間をたっぷりとって、外でとる朝食。普段接しない人々に交じっての朝食。
それもまた、旅なのである。