シリーズ<いい店とは会いたい人がいる店である>VOL2
〜平和は今ここにある〜
野菜たちの体に、幸せが満ちていた。
カブも人参も、胡瓜もカリフラワーも、斉須シェフの手にかけられたことを誇りに思い、輝いている。
命のしずくを滴らせ、「食べて」と、耳元で囁く。
塩と酢、コリアンダー、レモン汁が使われているが、この一点しかないという、味の頂きを極めて、佇んでいる。
それは静かで、どこまでも健やかな味である。
地平線の彼方まで透き通った、うま味である。
正直に言うと、僕はこの料理を初めて食べた30歳の時、良さがわからなかった。
さらりと舌の上を通り過ぎていく、野菜の声を聞くことが出来なかった。
でも今は、しみじみと、しみじみと、うまいなあと涙する。
食べ終わっても、微かなうま味の余韻が、体の底からさざ波となって、よせては返す。
平和は、いまここにある。
「僕は学校行っていないから理論はわからない。でも野菜をこんな食感にしたいというイメージがあって、それで色々考えてやっているうちに答えを見いだす。してやったりという感じでたのしいんです」。
「この野菜のエチュベは、パリにいた時だから50年近く、ほぼ毎日作っています。それでも毎日うまくできるかと不安です。今日もうまくできたなと胸をなでおろす。
でもですね。出来上がると、明日はもっとうまく作れる。そう思うんです。だから作り終わると、この感触を忘れないうちに、すぐにまた作りたくなるんです」。
そこで僕は尋ねた。
「同じところから仕入れる同じ野菜でも、毎日少しずつ違うと思うんです。それを同じに仕上げるために、一番気をつけていることはなんですか?」
シェフは即答された。
「体調です」。
70歳のシェフはそう言われて、目を輝かせた。
三田「コートドール」にて