<生涯おむすびベスト3>
前回の10位から4位までに続き、ベスト3
3位 名古屋「花いち」の天むす。
今から20年前、締めに天むすを頼んだ。
すると、「少しお時間いただきます」と主人が言う。
これからおむすびのために、ご飯を炊くからである
やがてご飯が炊きあがると、おがくずに包まれた活才巻きエビを取り出し、殻をむいてのし、衣をつけて揚げ始めた。
ああ。
天むすを最高の状態で、考えうる一番おいしいポイントで出す。
これこそが、「料理をする」という意味が貫かれた天むすである。
つまり。
絶望的においしい。
2位 新潟「里山十帖」の塩むすび
新潟大沢 鈴木清さんのこしひかり新米を、目の前で炊き、4膳ほど食べた後、残ったご飯を結んでいただいた。
口に入れるとはらりと散って、一粒一粒が「甘いよ」と囁く。
ただ甘いのではなく、清らかに甘い。
米一粒一粒に意思がある。
米一粒一粒に尊厳がある。
噛むほどに甘みは優しくなり、うっとりと目を閉じる。
1位 四谷「萬屋おかげさん」の塩むすび。
もし最後の晩餐が訪れたら、この店の塩むすびを食べたい。
米も塩も水も吟味を重ねているが、なにより握り方が素晴らしい。
一口かじると、はらはらと米が口の中で舞うように崩れていく。
それほどに空気を含んで、優しく握られているのに、最後のひとかけらになるまで形が崩れない。
理想のおむすびである。
握るのを見せたもらったことがある。
すると、手に接地しているのは瞬間で、空を待っている時間の方が長い。
その一瞬で、どこが柔らかくどこかしまっているかを判断して、指の第二関節で調整するのだという。
みていると、おむすびが、楽しそうに踊っている。
「萬屋おかげさん」の神崎さんは、この握り方をお寿司屋の女将さんから習ったという。
空気を含むように、リズミカルに握られるおむすびは、手と手の間の宙を舞う。
おむすびにとって、握られているような、握られてないような、そんな気分なのだろう。
皿に置かれたおにぎりは、しっかりとし、自信に満ちて、輝いている。
ところが噛んた瞬間、はらはらと、はかなく崩れるのである。
選び抜いた塩と米は、香ばしい香りと豊かな甘みを広げながら、崩れていく。
それでいておむすびは、最後のひとかけらまで形を崩さない。
噛んだ部分だけを崩しながら、最後まで形を保ったまま、米一粒離さず、凛としている。
舌の上で米の花びらが舞う。
顔が崩れ、幸せがにじり寄る。
最後のひとかけらを食べる。
人間との別れを惜しむように、おにぎりは、はらりはらりと散っていく。