<油道2>  三河屋

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みんな油が好きなのさ。

その証拠に、西麻布はうまいランチの店が多いけど、行列は、この店だけにできている。

「三河屋」の前身は、肉屋さん。

いたって普通の肉屋ながら、ただ一つ違っていたのは、店前に、ジャガーやベンツが止まっては、買い物をする客が多かったこと。

客の目当てはコロッケ。

それは、高級外車に乗り、高級マンションに住もうとも、わざわざ車で乗り付けるほど、ひきつけてやまないコロッケだったのである。

店は90年代に揚げ物中心の定食屋になったが、コロッケのうまさは変わらず、20数年来の人気店である。

その日も、一時過ぎだというのに、4人並んでいて、15分、寒空の下で待った。

しかし誰一人として、不機嫌な顔をしていない。

心なしか丸顔が多く、人のよさそうな顔立ちだ。

やはり油好きに悪い奴はいない。

そんな客に囲まれて営んできた店の方々も、客への愛に満ちている。

最後尾の人に、「メンチ終わっちゃったから、これから並ぼうって方には、お仕舞だって伝えてくれますか。すいませんねえ。バイト代出しますから」。と、気さくなお姉さん。

ようやく席に着けば、「寒い中お待たせして、すいませんでした」と、お父さん。

そうここは家族経営である。

長い間揚げ物を担当していたお母さんは引退し、お父さんと長女がサービス担当、三女が揚げ物担当なのである。

さて、席に座るなり、「旦那さん、味噌汁熱いから気を付けてください」と、お父さんから味噌汁を渡され、ものの五分もしないうちに、フライが運ばれる。

注文はいつも悩むが、結局あれもこれも食べたいと、ミックス定食にしてしまう。

ミックスは、欲張りかつ優柔不断な人たちへの、救いである。

コロッケ、メンチカツ、ハムカツ、チキンカツ。

うふふ。

フライのオールスターゲーム。さあどれから攻めようか。

まずコロッケに塩をかけて一口。芋の甘みが前面に出たコロッケで、ここで最初の笑顔になる。

次はチキンカツ。

こいつも初めは塩。サクッと衣が弾ければ、淡い鶏の滋味がにじみ出る。

そしてハムカツ。

衣の中から分厚い赤いハムがのぞいて、なんともうれしいなあ。

こいつはソースだ。

衣の食感とハムの柔らかさの対比、ちょいと下品な味わい、たまりません。

最後は真打メンチカツ。長さ13㎝、高さ5㎝という、堂々たる体躯。

箸で崩し、ソースをかけてかぶりつく。

甘い肉汁とソースのうま味、それに衣の香ばしさが入り混じり、慌ててご飯を掻き込む。

どうやら、味の濃いメンチとハムは、サクッではなくカリッと高温で揚げているようで、三女の背中が凛々しく感じる。

家族の愛に満ちた揚げ物三昧。

「ありがとうございましたぁ」。優しい声に送られて、胃袋も気分も温まった。

「よし雪の日は、必ず来て温まろう」。

そう決心して、店を後にした。