5月の「すきやばし次郎」。

食べ歩き ,

口の中を涼やかな風が吹き抜けた。
トリ貝の身がよじれて歯を吸い込むと、爽やかな空気が舞って、舌を洗う。
その奥底に、じれったい色気がある。
今年はトリ貝にとって裏年で、大きいのは少ないという。
確かに例年の、メロンを感じさせるような甘く切ない香りはないが、この清涼たる香りもまた、トリ貝の魅力である。
熟した色気で口説かれるのもいいが、このすだれの向こう側に見え隠れするじれったい色気が、たまらない。
そして今日のクライマックスは、赤身ではないだろうか。
「なめらか」という言葉の意味は、この赤身にあるのではと思うほど、キメが細やかに身が消えていく。
舌と上顎で押しつぶすように食べれば、崩れて、清らかな酸味が顔を出す。
命の純粋を知らしめる酸味である。
これがマグロの本領なのか、よどみが一切ない。
おかわりは、旨味がが凝縮したシャコや、いつもより脂はややのっていないが品がいいアジ、そして分厚く繊細な甘みを流すさよりと迷ったが、赤身とトリ貝にした。
そしてやはり鉄火巻きである。
口に入れると、海苔の香りが立って、その後から爽やかな酸味の香りが抜けていく。
海苔、マグロ、わさび、酢飯という四者の絶妙なバランスが生んだ鉄火巻きの凄みは、この坦坦たる食感のマグロがあってこそだと思う。
ああ、しみじみとうまい。
目を閉じれば、海に引きずり込まれるような不思議があって、ますますうまい。
5月の「すきやばし次郎」。