39歳の料理人が生み出した品格

食べ歩き ,

ほわり。
しん薯は、かろうじて形になっていて、儚くほどけた。
瞬間、蟹の精が爆発した。
ずわい蟹を口一杯にほおばったかのように、甘みと香りで満たされる。
そして汁は、蟹の豊満な味を静かに見守る。
蟹のうま味と拮抗して高みに登ろうとはせずに、引いて引いて、穏やかにある。
39歳の料理人が生み出した品格が、心を包む。
「それぞれの食感と味わいをお楽しみ下さい」と出された今日一匹だけ捕獲されたという魚津のブリは、カマ、赤身、中トロ、大トロ、スナズリと分けられている。
それぞれの部位を生かす切り方が精妙で、中でも赤身とカマがすばらしい。
しなやかなに身肉に、鉄分の酸味と脂の甘みを溶け込ませた赤身のたくましさに黙り、クリッとした歯応えの中から心を溶かす甘みが滲み出るカマに、打震える。
そしてスナズリは、生のエロさに続き、さっと湯通しした厚めの切り身をポン酢で食べさせる。
生とは違い、貞操と色気が同居してコーフンが収まらない.
あるいは、新湊のカサゴはどうだろう。
ゴカイや甲殻類を食べる奴なので、恐らく海老類を食べていたのではないだろうか。
ブリッと砕けゆく食感は伊勢エビに似て、その微かにねっとりとした甘みもまた、伊勢エビのようである。
または、まだ透明な、活かったヤリイカをその場でしめる。
甘い。ダレのない、小気味がいい甘みが舌の上に広がっていく。
一方、胴体より細く切りそろえられた耳は、コリコリッと小さな音を響かせ、痛快な気分を呼ぶ。
そして香箱は、緩やかに甘い脚肉であ笑わせ、内子と外子に夢中にさせる。
その後はブリカマが、再び炭火焼きされて登場した。
焼けた皮を香ばしさを歯で突き破れば、口の中で甘い湯気が立ち登る。豊かな命の滋味が、どうだっと爆ぜる。
さらには、白子の蕪蒸しと来た。もうまいっちゃうなあ。
富山の蕪と白子を使ったというかぶら蒸しは、果てなく優しい。
白子の強い主張を蕪がなだめて、一体となっている。
ああ、ああ。何度呻いたことか。味が見事になじんで、命の沈黙を、尊さを伝え来る。
最後は、丸鍋仕立ての氷見うどん。
スッポンの凛々しい肉とプルルンコラーゲン、濃密な脂を崩して、うどんとすする。
藤井さん、幸せな夜をありがとう。
富山「ふじ居」にて。