食べてはいけない。
その刺身を食べた瞬間、本能からそう囁かれた気がした。
危険なのではない。
噛んだ時に、触れてはいけない高貴を感じて、本能を慌てさせたのである。
それは10日間寝かせたという、マナガツオの刺身だった。
魚は、黒板の上で、乳白色の肢体を輝かせながら鎮座している。
食べれば、脂がぐんと乗っているのに、近づきたい品がある。
うま味が舌の上で膨らんでいくのに、味わいに透明感がある。
微塵も雑味がなく、脂の香りとうま味をだけが存在している。。
生命の神秘を感じるマナガツオには、他の魚にはない格があって、やはり高貴と呼ぶのがふさわしい。
次に塩焼きが出された。
ああ。
一口食べた途端に唸って、笑い出す。
バターなど使ってないのに、バターのような甘い香りが身に宿っている。
焼いて生まれた身の甘みとバター香が抱き合って、食べてはいけない禁断が渦巻いている。
なんという魚だろう。
もはや魚の塩焼きという概念から外れた、天女の料理となっている。
次にいただいたのは、マナガツオスモークだった。
気品漂うマナガツオを食べると、燻製香が追いかける。
やんごとなき優美な女性に見え隠れする魔性と言いましょうか。
気品と燻製の野生がないまぜになりながら、舌に落ち、鼻腔に抜ける。
そしてめくるめく興奮が、体を上気させる。
握りは、マナガツオのづけだった。
マナガツオの品性が醤油とまぐわって、ぐんぐんと味覚を攻め立てる。
ンンン。
美女が巧みな化粧で妖艶に変化し、僕らの心を陥落させる。
伯方島「あか吉」にて。