茸の命が滴り落ちる。

食べ歩き ,

10月に入ると、前菜に加わるのが、「Fricassee de Cepes フランス産セップのソテーバター炒め」である。
文字通りバターで炒めただけのセップが運ばれる。
パセリとよく炒めたエシャロットと合わせているだけで、ソースはない。
まず軸をいただく。
軸は、歯の間で、グリッと小さな音を立てて割れた。
バターの風味とともに、ほのかな苦味が滲み出る、
次に傘をいただく。
歯が、ふんわりと迎え入れられると、香りとうまみが爆発して口を満たす。
ぬめっとした舌触りと、森の神秘を含んだ旨味が重なり、胞子を感じさせる妖精の香りが入り混じり、それがもうなんともエッチなのである。
舌と鼻腔が勃起する。
鼻息が荒くなる。
上気していく自分を律しながら、また傘をいただく。
ただ炒めただけなのに、なぜこんなにも清く、圧倒的なのか。
これは炒め方にコツがあるのかとシェフに聞いてみた。
「いやどのセップを炒めるのかと、切るのは僕の仕事ですが、炒めるのはスーシェフの仕事です」と、事もなげに言われた。
「どんなセップを選ぶのですか?」
「一つずつ触りながら、無駄が出ないように、選んでいます」。
拍子抜けするようなお答えだったが、この官能的な味わいは、セップに敬意を払い、声を慎重に聞いて選ぶことからこそ生まれる美なのだろう。
三田「コートドール」にて 10/25
僕はこの日、2月に店を閉められることを知ったのだった。