前号まで
(至近の苺は酸味が足りない、そう思っていたぼくに「みどりショップ」に行けという指示が下った)
扱うのは、栃木の内藤さんという方が作る完熟の「女峰」である。
入荷したと電話があって取りに行った。
大ぶりな苺を噛むと、追熟した最近の苺のようにシャキッとした歯触りではない。
ざっくりと歯がめり込んでいき、豊かな汁がゆっくりとあふれ出すのだ。
気品のある酸味と高い糖度が自然に調和していて、食べ終えてもしばらく、胸の内にさわやかな酸味と香りが残っている。
生命の息吹きを感じる苺だ。息吹きのみずみずしさが喉から胸の辺りに居座って、なんとも清々しくなる。
食べることによって、体が浄化されるような、感謝の苺である。
こういう苺を食べちまうと、もう生食丸かじり以外はしたくなくなる。せめてそのままジュースにするくらいだ。
しかしただ一つ例外がある。
苺アンケートでもトップの人気であったショートケーキである。
昔は、誕生日にだけ食べた。
なぜショートなのかと母親に聞くと、「小さいのにおいしいからよ」といわれた。
「そんな小さくないのになぁ」と、疑問を持ったが、おいしいことは大いに納得し、深く考えることもなかった。
ショートケーキのショートは、サクサクという意味で、本来はイギリスのショートブレットと呼ばれるサブレ生地に、クリームとフルーツを合わせた菓子だそうである。
この菓子がアメリカを経由して日本に入ってきた。
アメリカ東海岸には、往時のショートケーキを出す店や家庭がまだ残っているという。
日本の歴史は大正元年、不二家の創業者がアメリカで出会い、その製法を日本で始めたというのが、ショートケーキ伝来の定説となっている。
僕のお気に入りは、まず曙橋の「ラ・ウィ・ドゥース」。
二層に挟んだ厚切り苺に新鮮なシズル感があって、対比的な生クリームと味わいの重奏を呼んでいる。
次が大泉学園の「プラネッツ」で、ローマジパンを使ったスポンジが、舌の上に乗せた瞬間消えてしまうほど軽く、クリームも軽めで、それが苺と見事な出会いを見せている。
第三が門前仲町の「サロン・ド・ペリニョン」で、小さい身の丈に苺四個を上下に挟むしっとりとしたスポンジに目が潤む。クリームも濃厚で、隠し味で塗られた苺シロップも心にくい。
第四が新宿「高野」で、ショートケーキ好きには夢のような、高さ二十センチはある「ダブルショートケーキ」。果物屋ならではの質の高い苺も光っている。
第五が鶯谷の「イナムラ・ショウゾウ」。
挟んだ苺の粒が大きく、それをしっかりとしたスポンジで挟み、乳脂肪分の高いクリームで合わせた、気品ある味である。
第六がご存知、淡路町「近江屋洋菓子店」。
軽いながらもしっとりとしたスポンジ、ほどよい重さと甘さのクリーム、酸味のある苺のハーモニーによる、「ああっ」とうずく、懐かしくも誠実な味わいである。
以上が東京ショートケーキの六花選。
いま僕の夢は、「近江屋」で、アイベリーを使った一台一万円!なりのショートケーキを頼み、出来上がり時間を指定し、時間に合わせて来店して、スポンジに水分が染みない出来立てを、その場で食べることである。
どうです。誰か乗りませんか。