聖誕祭

食べ歩き ,

四十代後半になっても、自分の誕生会を開き続けている律儀な男がいる。

その日は、毎年お世話になった友人数人をふぐ屋に招き、ご馳走するのだという。実に殊勝な心がけではないか。

「来年の一月某日は、私の聖誕祭なのですが、ご都合はいかがですか」。と、彼から電話がかかってきたのは、去年の師走だった。

「申し訳ない。その日はどうにも動かせない仕事が入っていて、都合が悪いんです」。

「なんとかなりませんか? ならない・・・。そうですか」。と、残念そうに電話を切ったのは、本誌編集長のY氏である。

私はウソをついた。その日は仕事なぞ入っていない。毎年彼が聖誕祭を開くのを知っていて、サプライズパーティーを開こうと企画していたのである。

誘われそうな友人たちには、誘いがあったら断るようにと根回しをしていた。

「その週は忙しくて、一秒も時間がないんだよね」と、冷たく言い放った友人もいて、Y氏はかなり落ち込み気味だったという。

その後も執拗に誘いを受けたが、

「たまには奥様と二人でお過ごしになってはいかがですか」とかわした。奥様もグルなのである。

準備は着々と進んでいた。二人のために私が予約する店は、彼の知らない店で、企みを後押ししてくれる店。考えた挙句、赤坂の「ビストロ・ブルゴーニュ」に決定した。

当日、我々八人は隣接する喫茶店に集合し、店からの連絡を待つ。やがて、「お二人が来られました」と電話が来て、店の前で待機。

店員は、何知らぬ顔で二人分の偽オーダーを受け付ける。そのすぐ後、厨房から「ハッピーバースデー」の歌声が聞き始める。歌声は次第に大きくなり、ケーキを先頭に友人たちが一列となってY氏の前に登場した。

「なに、なに、なに、お前も、お前も、どうして? あれ、あれ」。驚きのあまり言葉がでない。驚天動地、茫然自失である。

店の方による、凛々しいシャンパンサーベルで宴は始まった。本日は、前菜から砂肝とレバー、鴨のコンフィをたっぷりと盛り込んだ「ラングドック風サラダ」と、美食家Y氏に合わせて、ボリュームたっぷりである。

腹をすかした一同は飛びつくが、Y氏は驚きがまだ収まらず、ワインをちびりちびりと飲むだけである。

続いて内臓好きの彼のために、「トリップの煮込み」。玉ねぎ他野菜類の甘みをまとったしなやかな食感のトリップがおいしい。この辺りで彼の食欲は目覚めたようである。

ミモレット、ブリー、シェーブル、ロックフォールなどのチーズの盛り合わせを挟んで、本日の主役が登場した。事前にお願いしてローストしてもらった「ジゴ・ダニョー 仔羊のモモ肉のロースト」である。そのお姿と香ばしい焼き色に歓声が上がる。

切れば、断面から肉のブイヨンが滲んでいる。噛めば、口の中は仔羊の滋味で圧倒される。皆競うように食らい、骨を手に噛り付き、「うまいっ」を連発し、ワインをあおり、笑い、酔い、賑わい、幸せが高みに登っていく。

これぞフランスで言うところのコンビビアリテ。食べることによる共生を感ずる喜び。美味しいものを食べるより、美味しくものを食べる知恵だ。Y氏の会ではあったが、参加者全員がそのことを享受した夜であった。